1235. 娯楽の普及も大切です
魔王城にベルゼビュートが婚約者を連れてくる。彼女の過去に関しても、恋愛の失敗遍歴に関しても一切話すな、聞くな、尋ねるな。魔王の箝口令により、人々は秘された事情を察知した。今度逃げられると結婚できなくなる可能性があるので、余計な発言はしない。うっかり漏らすと殺されるぞ。
あながち間違ってもいない噂はすぐに広まり、城下町の住人を含めて全員が息を飲んで彼女の恋を見守ることとなった。エリゴスの種族については一切不問とし、分類が魔族だから問題なしとまで大きく話が纏められる。アスタロトが指揮を執り、余計な発言を取り締まる侍従達も気合を入れた。
「というわけで、今日からベルゼビュートが城での計算業務に復帰する。エリゴスに対しては、大公クラスの扱いで頼んだぞ」
ルシファーが言い渡すと、リリスは満足そうに頷いた。侍女や侍従達は大人しく復唱して、承知した旨を告げる。これで受け入れは完璧だ。
「ベルゼ姉さん、きっと可愛いわよ」
「ベルゼビュート様はお美しい方ですが、可愛いのですか?」
ルーサルカに尋ねられたリリスは胸を張る。
「ええ。とっても! 恋する乙女は何時も可愛いの」
「それは分かります。最近ハマった恋愛本が素晴らしくて……」
「あら、あなたも愛読してるの?」
ルーシアとシトリーが盛り上がるのは、最近城下町で流行している恋愛話のことだろう。本として出版されたが、まだ需要と供給のバランスが折り合わず、入手困難なことでも注目を集めていた。
「その本は面白いのか?」
「ええ! 素晴らしいですわ。甘い言葉をくれる婚約者に徐々に心惹かれる女性の心情が、切なくも甘い言葉の羅列となって並んでいます」
「天才作家の正体は明かされていませんの。男性かしら、女性の方がしっくりくるけど」
「わかる! 私も先日初めて読んだ」
尋ねたルシファーに、勢い込んだ2人が素晴らしさを讃えた。最後に割り込んだレライエが興奮気味に肯定する。彼女は借りて読んだらしい。そんな流行があったとは知らなかったな。誰かに借りてみようかと考えるルシファーの袖を、リリスが引っ張った。
「ねえ、私も読んでみたいわ」
本が好きなリリスは興味を持ったらしい。ひとまず大公女お勧めの2冊を借りることになった。予約してもすぐ購入できないほど人気らしい。ルシファーが頼めばすぐ譲ってくれそうだが、順番に割り込むのは申し訳ない。権力はこういった場で振り翳すものではないだろう。
民と同じように順番を守って手に入れるから意味があるのだ。執政者が民と同じ目線を持てなくなったら終わりだ。常々そう教育されてきたルシファーは、大公女達に微笑みかけた。
「悪いが、誰か予約してやってくれないか? リリスの分だとバレないように頼む」
その作家の本を全冊購入の予約を頼むと、ルーサルカが悲鳴を上げて喜んだ。まだまだ娯楽本は高価なので、友人同士で順番に購入して読んでいるらしい。魔王城の書庫に収めることになれば、申請したら誰でも読めるのだ。
「今後は娯楽の普及にもっと尽力すべきか」
攻めてくる勇者対策費用はかなり前に廃止された。他に流用できそうな予算はないか。いっそ献本を条件に、発行する本の費用の一部を助成する制度を作ったらいいかも知れない。いざとなれば私財を使えばいいことだ。
ルシファーは思い付きをその場で口に出し、聞いていたアスタロトが苦笑いしながら了承した。ベルゼビュートの到着を待って、彼女に予算の調整を頼むことになる。思わぬ形で彼女の魔王城帰還が望まれる状態となり、きらきらした目で待つ大公女達に出迎えを頼んだ。
偏見がこびりついて取れない大公3人は、影からこっそり見学する。城壁の塔がいいと移動する3人を見送り、ルシファーは転移してくるベルゼビュートとエリゴスを待った。




