1223. 出産率の統計が必要だ
お茶を飲んでゆっくりした後、リリスは温室へ向かった。忙しすぎて薔薇の手入れが出来ないベルゼビュートに依頼され、花が終わった枝を切るのだという。ハサミで手を傷つけないよう結界を幾重にも張って送り出した。あの状態なら転がって薔薇の上に倒れても、棘すら刺さらない。まだ側近の大公女達が戻らないこともあり、ヤンとアデーレを付けておいた。
ルシファーは自室で新しい紙を引っ張り出す。新品の白い紙は、日本人が持ち込んだ概念が大きく影響している。ルキフェルが調整した結果、やや茶色い紙は不純物を取り除かれ、漂白された。環境負荷とやらを心配されたが、魔法に使われる魔力に汚染物質は含まれない。使い終われば森に回収され、100%リサイクルだった。
「さて、提案書は……出だしが決まってたか?」
過去の書式を引っ張り出し、仰々しい文章を書き始めたところで、ふと手を止める。こんな文章、どうせ飛ばし読みするのに必要か? 目が滑るというか、まったく読んだ記憶はない。だから書くときに見本を引っ張り出す羽目に陥るのだ。元は偽造防止の意味を兼ねて、文官が複雑な言い回しを多用したことから始まった慣習だった。
「省くか」
白い紙の上に書いた文字を魔力で消し、提案書と記載する。その下に内容を直接書き込み始めた。すっきりした形は報告書に似ている。何の書類かを頭に書き、後は必要な内容を箇条書きにするスタイルは、今後流行らせた方が良さそうだ。書類処理の文官を増やしたいが、試験が難しすぎて断念する者がいた。彼らにチャンスを与えることになるし、今後の発展を考えても形式ばった装飾は省くべきだろう。
ついでに文章装飾の省略について提案書を作り、両方見比べて署名する。押印したら、書類課への差し戻し箱へ入れた。公共事業が思ったより少なかったことで、予算が余っている。建物や街道の補修も、ルキフェルの復元魔法陣が活躍した。魔法陣使用の特許料を支払っても、公共工事より安く仕上がったのだ。
復旧が早くなったのはいいが、家財を失った民への施しを兼ねた仕事が減ったのはいただけない。何らかの形で補填が必要だった。手元に届いた書類を処理しながら、考えこむ。
「ん? ずいぶん分厚いな」
しっかり綴じてバラけないよう処理された書類の束を手に取り、最初から目を通していく。各種族の分類と、一族の数、家単位での家族構成が記されていた。
「ああ、戸籍というやつか」
日本人発案で、今回のように災害があった時に、被害の把握に役立つ。また新しい子供が産まれた場合、その子の親に不幸があっても、一族が子供の存在を把握できるメリットがあった。多少面倒な手続きはあるが、デメリットは少ないとあっさり承認され、今回の災害で避難した民から記載が始まっていた。
「この忙しい中、よくまとめたものだ」
種族の長に提出させたため、文字にバラつきはある。読みにくい文字には書き足しがされ、名前や生まれ年が記載されていた。中にはすでに死亡した祖父や曽祖父まで遡って書いてくれた一族もある。魔王城に保管される書類だと聞いて、覚えている限り遡ったのだろう。ありがたいことだ。
協力的な民の顔を思い浮かべながらめくり、ふと違和感を覚える。子供の数が、多くないか? ずっと減少し続けていた出産数が増えている気がする。数年前からか?
統計を取るなら、ベルゼビュートかルキフェルに頼むとしよう。忘れないようにメモを書き、戸籍本の表紙に挟んだ。
「ルシファー、お仕事終わった? 一緒にお風呂に入りましょうよ」
「ああ、今いく」
戸籍本を丁寧にしまい、ルシファーは身を起こした。以前は星空が見える時間に入った風呂だが、この頃は夕陽を見ながら入りたいと言い出した。誰かに話を聞いて、試したくなったらしい。両手に薔薇を抱えたリリスは、にこにことルシファーの手を引いて浴室へ向かった。




