1209. 雨が止んだら顔を上げて
夜半から降り出した雨は、各地で景色を変えた。温泉地がある火山は流れ込んだ雨で水蒸気爆発を起こし、全体の形が東側へ傾く。海辺に近い森の川が氾濫して崖が崩れ落ちた。川の流れる位置が移動したことで、リザードマンの沼地が大きな池になってしまう。様々な弊害と変化を齎した雨は、午後には小康状態となり止んだ。
「今回は人的被害は抑えられたか」
ルシファーは避難民のリストを見ながら、安堵の息をついた。まだ完全に把握したわけではないが、空を飛べる魔王軍の精鋭達が手分けして魔力感知を行った結果、現時点で生き埋めの報告はない。魔王軍を動かしての避難が順調だったことで、ケガ人程度で済んでいた。
「よかったわ、お家をなくした人はしばらくお城にいてもらうのよね?」
「そうだが……」
リリスの言い方に、何か考えているらしいと首を傾げる。魔王城に避難した人々は、住んでいた領地が荒れている場合も多い。復旧作業に通い、住居や周辺の環境を整えてから戻るのが基本だった。寿命が長いため、のんびりと新しい村や町を設計する種族も少なくない。
魔王城だけでは全種族を取り込めず、ベールやアスタロトの城に空間を接続して拡張した。その維持に使う魔力を供給するため、ルシファーはしばらく城を離れられない。リリスが外へ出たいと願っても、叶えてやれるのはかなり先の話だった。残念だが、海への旅行はお預けだ。
「大勢で集まるのなら、何か作りたいわ」
思わぬ発言に、真意が掴めずに考え込む。欲しい物があれば強請るはずだ。大勢で作りたいと言うが、物が目的ではないような口ぶりだった。しばらく考えたが、省略され過ぎたリリスの願いが分からず、ルシファーは彼女に尋ねる。
「大勢で作りたいものがあるのか?」
「違うわ。えっと……今まで別に暮らしてたから繋がりがない種族も多いでしょ? せっかく一緒に暮らすんだから、お互いに得意なことを合わせて何か作れば、仲良くなれると思ったの」
通じていないと分かったため、リリスも言葉を駆使して伝えようと努力した。ルシファーも解読力を目いっぱいフル活用した結果、やっと話が通じる。
「普段は接点がない種族同士が一堂に会したのなら、得意分野を生かした新しい産業の開発が出来るか。よく考えたな、リリス。復興の間に手が空く人や子ども達に協力してもらおう」
「私が考えたんじゃないわ。アンナの赤ちゃんを見に行ったら、イザヤとアンナが話してたの。それを伝えたのよ」
自分の手柄ではないと笑うリリスだが、こういった話を耳に挟んでもそのまま終わらせる者もいる。きちんと周囲に説明し、実現する方向を示すことも大切だった。組織の上の者が硬い考えをしていたら、それだけ下が苦労するのだから。
「そうか。それでも助かった。さっそくアスタロト達に提言してみよう」
具体的な案がいくつか出れば、そこからは議会の承認を得てルシファーが署名するだけ。リリスを引き寄せて黒髪に接吻ける。自分の手柄だと言い切ることも出来たのに、正直に話すリリスが無邪気に喜ぶ。その様子を見つめるルシファーは、オレの子育ても捨てた物じゃないと笑みを深めた。
「雨はこのまま止みそうだ。復興で忙しくなるな」
「森の木を使えるように、魔の森にお願いしてみようかしら」
思わぬ発言に、ルシファーが目を瞬く。魔の森の木々を伐採すると、その代償に魔力を持っていかれる。だがもし代償なしに木々を使える期間があれば、復興がはかどる筈だった。だが、そんな都合のいい話が通るのだろうか。
「どうやって頼む?」
「また森の中に入るのよ」
簡単そうに言われたが、ルシファーは不安を覚える。リリスが森の子なのは間違いない。生みの母である魔の森の中は、リリスにとって居心地がいいだろう。何かあってもルシファーが助けてやれない場所に、彼女を送り出すのは気が引けた。溢れた魔力の処理に赴いた前回とは違う。もやもやした気持ちのまま、愚痴るように声を絞り出した。
「オレは心配だ」
「だったら、一緒に行く?」
「「は(い)?」」
ルシファーの声に重なったのは、復興案を運ぶアスタロトの声だった。




