1195. 参加申し込みで騙された
半泣きで計算を続けるベルゼビュートを横目に見ながら、ルシファーは自分の書類を片付けた。赤子のリリスを抱っこしていた頃に比べると、1割近くまで書類の量は減った。内容も大きく変わり、今では報告書に了承のサインをすることが増えている。端的にまとめる技術や管理システムを持ち込んだ日本人は、今回の件で役職付きに昇進が決まった。
「性教育に関するスケジュールです」
びっしりと予定が組まれた内容は、以前のお茶会方式とは違うようだ。異性や異種族の性事情も含め教える形になった。折角なので、育児休暇を取ったアンナとイザヤも参加する。アベルは現在調整中だった。だが参加を仕事として義務付けた方がいいだろう。
何しろ、婚約者がルーサルカなのだ。結婚申し込み避けの仮婚約だったが、当事者がまんざらでもない様子で仮の文字が取れる日も近かった。そうなると、異種である弊害が生じる。半獣人のルーサルカにとって尻尾は重要なアイテムだ。家族でもない異性が触れるのは、性行為と同じくらい恥ずかしい。
うっかり尻尾をモフって、ルーサルカを泣かしたら……義父アスタロトの天誅が下るのは間違いなかった。殺されはしない、と思うが。ルシファーは様々な項目を確認して、最後の欄に許可の署名をした。よく見るとこの書類は、参加者本人か保護者が記載するものだ。日本人は自分達で署名することになる。
「可能な範囲で、大公女の婚約者は参加義務を課そうと思っています」
直接魔王城の仕事に関与していない婚約者もいる。ルーシアの婚約者ジンやシトリーの婚約者グシオンがこの事例に該当する。翡翠竜アムドゥスキアスは性教育しなくても問題なさそうだが……まあ、含めておいた方がいいだろう。
そう考えながら出された次の書類に目を向けた途端、アスタロトが一番下の欄を指さした。
「署名はこちらです」
「まだ読んで……」
「こちら、です」
読み終えてないと抗議するルシファーに圧を掛ける側近は、上部に手をついて内容の確認を阻む。ムッとしたルシファーが、隣の別の書類に署名した。当てつけだ。お前が隠す書類にサインなんかしないからな、そう示したつもりだった。
にっこり笑ったアスタロトは署名した方の書類に手を伸ばし、今まで押さえつけていた書類から手を離した。当てつけで乱暴に書かれたサインに微笑む。
「ありがとうございます。こうすれば書いてくれると思いました」
嫌な予感がして、先ほどまでアスタロトが署名を要求していた書類の内容に目を通す。なんてことはない報告書で、事務方の文官が購入した雑貨や文房具のリストだった。承認の署名をしても何ら問題ない。ならば……隣に無造作に置いてあり、署名してしまった紙は?
アスタロトの手から引っ手繰ろうとしたが、避けられてしまう。ふふふと嬉しそうに笑い、書類を裏返して見せた。
「性教育へ参加し、最後まで受けると確約する書類です。これでルシファー様も生徒ですね」
「は?」
驚き過ぎて、書類を読もうと立ち上がったルシファーが、間抜けな声を上げて再び椅子に腰を落とす。そんなにショックを受けるようなことだったでしょうか。アスタロトが首を傾げると、ルシファーは不思議そうに言い放った。
「オレは当然受ける対象だと思ってたぞ。騙して書類を書かせなくても、素直に出せばよかったのに」
「……はぁ……」
勉強と名のつく予定を避けまくった昔のルシファーを知っているから、アスタロトは策を講じたのだが。性教育を大人しく受けるつもりだった、と言われて驚く。
「このスケジュールによれば、リリスは10日ほど教育期間がある。その間、昼間はリリスに会えないとか無理だぞ」
ああ、そちらの意味でですか。リリスに会えない時間が多いと嫌だ、単純な理由でルシファーは授業を受け入れた。今後もリリス姫を利用すると、素直に従っていただけそうですね。悪い笑みを浮かべるアスタロトに、ルシファーの顔が引き攣る。何かミスった気がする……その感覚は正しいが、時すでに遅しだった。




