1160. 簡単に言えば、喧嘩だ
なんとか部下を浮上させたところで、合宿中のお姫様が帰ってきた。大量の瓦礫が散らばる中庭に浮かび上がった魔法陣は、ルシファーがリリスに持たせたものだ。
「やっぱり何かあったのね」
おかえりと声を掛けたルシファーへ、開口一番リリスは呆れ声で肩を竦める。手ぶらで荷物を持たないリリスの後ろには、護衛のイポスが付き添っていた。少し待つと、今度はルーサルカ達4人の大公女が転移してくる。
「ケガ人が出たの?」
「手伝いましょう」
「リリス様は陛下から離れないでくださいね」
崩れた塔の瓦礫や、半壊した研究棟を含む施設に驚く彼女達は、すぐにケガ人の救助に向かった。護衛のイポスがそわそわしていることに気づき、リリスがにっこりと笑う。
「今日のお仕事は終わりよ。帰っていいわ」
無情な言葉のように聞こえるが、婚約者を心配するイポスを自由にするためだ。今までなら「仕事中ですので」と断ったイポスだが、程よく合宿の効果が出ていた。まだ半日だが、何があったのか興味深い。
「ありがとうございます。明日の朝から仕事に復帰します」
「ええ、お願いね」
いそいそとこの場を離れ、研究棟の方へ駆けて行った。後ろ姿を見送るリリスを引き寄せ、愛しい少女の黒髪や頬にキスをする。
「おかえり、リリス。今の対応はよかったぞ」
褒めて育てる魔王に慣れたリリスは、そうでしょ! と得意げな顔で振り返った。純白の髪を引っ張って、ルシファーの頬にお返しのキスをする。
「すごい音がするから、帰ってきちゃったの」
「そうか。続きはどうする?」
「明日の朝、みんなで戻ろうと思ってるわ」
今夜はリリスと寝られないと諦めていたルシファーの目が輝く。騒動を起こされた時は呆れたが、今は感謝でいっぱいだった。
ドラゴン姿に戻ったルキフェルは、無言で瓦礫を中庭の隅に積んでいる。拗ねたような彼の行動に、ベールが苦笑いして付き合った。こういう行動は親子のようで微笑ましいが、角度を変えると恋人のようでもある。いっそ付き合えばいいのに……無責任な感想を抱くルシファーの腕にしがみつき、リリスが口にした。
「ルキフェル、ベールのお嫁さんになればいいのに」
「しーっ、思っても口にしちゃダメだぞ。当人同士が決めないと拗れるからな」
「わかったわ、気をつける」
両手で口を覆ったリリスが小声で呟く。その視線は瑠璃竜の背に向けられていた。
「ライ? ライだっ! ライぃいいいいいい!!」
叫びながら窓から飛び出した翡翠竜が、偶然目の前にあった青い滑り台を利用して地面に着地する。飛べる種族なのに、最近は羽を広げることもなかった。無事、地表に着いたアムドゥスキアスは、婚約者に飛びつく。
「ライ、僕のために戻ってきてくれたの? 寂しかった、夜は足元で寝かせてくれる? 蹴ってもいいから、僕もベッドの端に乗せて欲しいな」
すごい勢いで願い事と質問を叩きつける婚約者の様子に慣れたレライエは、しがみついた翡翠竜をべりっと引っぺがした。
「ちょうどよかった。ケガ人の治療を手伝え」
「うん、手伝ったら足首に頬を寄せて寝てもいい?」
「手伝い次第だ」
気合を入れた翡翠竜が治癒を頑張ったおかげで、今日のケガ人は全員無事に家に帰れそうだ。不意を突かれても魔族ばかりの城内で、本日最大のケガ人は足の骨折だった。魔王城の地下に流れる龍脈の魔力も使えるため、エルフ達も手分けをして治癒にあたる。
「何があったの?」
「そうだな……ルキフェルが勘違いで癇癪を起こし、止めようとしたベールが失敗したところに、アスタロトが帰ってきた。簡単に言えば、喧嘩だ」
簡単にまとめ過ぎた魔王の説明に、お姫様は大きく頷いた。
「たまには喧嘩くらいするわよね」
「喧嘩でまとめるには無理がある気がしますぞ」
仲良く微笑み合う2人の後ろで、ヤンが呟く。ルシファーは聞こえないフリをしたが、周囲のコボルトやデュラハン達は大きく頷いた。




