1137. 憎まれ役を買って出る者
アスタロトは勘違いされやすい言動を好む。治世に必要な悪役を自ら買って出るのだ。今の表現ひとつとっても、わざと自分が憎まれるように演出した。
正面切って戦い命を散らした神龍の子爵令嬢を、まるで魔獣を殺したように冷たく切り捨てた。死体に唾を吐くに等しい。神龍は大蛇とはまったく別物で、同じ扱いをされたら侮辱だと噛みつくだろう。だがこの場で「魔王城を襲ったのは神龍の子爵令嬢リザベルだ」と肯定したら……。
騒動は間違いなく他種族を巻き込んで大きくなる。リリスを襲いゾンビを使って攻撃した主犯が、神龍族だった。その事実はまだ記憶に新しい。半鱗族に嘘を吹き込んで焚きつけたのも神龍の若者だった。長であるモレクがその命を賭して一族の汚名を晴らしたというのに、彼らは理解しない。
神龍の子供が生まれなくなり、穏やかだった彼らが攻撃的になった。滅びの兆候は出ているのに、まだ状況を甘く見ている。種族が滅びることは魔の森の意思だ。魔王位を狙い、成功したとして……彼らに未来はなかった。誇り高い神獣の一端を担った神龍は、誇りをはき違えている。
「哀れなことだ」
緩やかに坂を転げ落ちる一族に、諭す意味で命を散らしたモレクの想いはどこへ溶けてしまうのか。子孫への願いを託した先祖の記憶は……このままでは消滅する。その意味を彼らは理解すべきなのだ。誇り高いと言うことは、他の種族を虐げることでも頂点に立つことでもなかった。
「モレクが最後の神龍だったのね」
何かを悟ったように、リリスは溜め息をついた。普段は無邪気で考えなしに振舞う彼女だが、魔の森の娘だ。圧倒的な魔力を身に宿すだけの思慮はあった。
「我が居城を狙うだけならまだしも、強者の留守を狙う卑怯者に似合いの末路だろう?」
リリスを後ろに隠し、ルシファーはわざと怒らせる言葉を選んだ。アスタロトがすべてを背負う必要はない。滅びの途上にある神龍の愚行は、まだ続くだろう。それを受け止めるのは魔王の役目だった。総攻撃にも揺るがぬ圧倒的な強さを見せつける。
「……作戦を考えたのはあなたですか?」
何か言いたげにルシファーを睨みながらも、アスタロトは厚意を無にする発言を控えた。互いに必要な役割がある以上、この場で言い争う事態を避けたのだ。
「そうだ」
言い切ったドラゴンの姿は酷い有り様だった。ルキフェルの攻撃を受けた鱗は半分近く剥がれ落ち、何かを達観したような顔で淡々と頷く。じっとその姿を観察したアスタロトの口元が緩んだ。
「なるほど、リザベル嬢が主犯ですね」
嘘をついて恋人を庇う男は慌てた様子で否定する。だがその慌てふためく姿こそが、雄弁に事実を語っていた。ルキフェル程長く生きれば話は別だが、元から竜人族も竜族もドラゴンは嘘が苦手だ。
「公式記録には正式な情報を載せる義務があります。ですが……あなたの出方次第で記憶が影響を受けるかも知れません」
周囲に広める内容から、リザベルの情報を抜いて誤魔化してやってもいい。そう告げるアスタロトを見下ろし、ドラゴンは肩を落とした。交渉の余地はなく、従う以外の選択肢はなかった。
「何をすればいい?」
「簡単なことですよ」
そう言って笑うアスタロトがちらりとルシファーに視線を向ける。思わず後ずさろうとした魔王の袖を、リリスが指先で引っ張った。
「ねえ、アシュタが怖い色してるわ」
「それはいつもだ」
「聞こえていますからね」
コウモリの聴覚をご存じのはずでしょう。そんな恐ろしい発言に肩を震わせ、ルシファーは首を横に振った。
「オレは絶対に協力しないからな!」




