1124. レラジェでしょ? たぶん
「何をしてるんですか」
暗闇に待ち構えていたのは、アスタロトだった。ムッとした顔で、領地を焼き払うなと文句を言う。蛇じゃなくてよかったと安堵の息をつきながら、ルシファーが事情を説明した。転移に失敗して足が埋まったり、蛇に驚いた件はさりげなく抜いておく。
「……よくわかりました」
急に洞窟内の温度が下がった気がする。ぞくぞくと肌が粟立つのを摩りながら、ルシファーはぼんやりした灯りの中でアスタロトと向き合った。本能が警告しているが、どうしろと具体的な指示がないのでそのままだ。ルシファーと腕を組んだリリスが、奥の方を見ながら騒いだ。
「あそこの奥にレラジェの気配がするわ」
「この奥、ですか」
アスタロトが怪訝そうな顔をする。というのも、この後ろはもう行き止まりだった。人が立つ限界の高さである現在地より進むと狭くなり、すぐに洞窟は終わっている。だがリリスは間違いないと指さす。
「ああ、隣の洞窟ですね」
ぽんと手を叩いたアスタロトが、簡単そうに転移を使って飛んだ。隣の洞窟と呼ばれた場所は、行き止まりの向こう側に横たわる別の洞窟だ。魔王城の背後にあたる地をアスタロトに与えたのは、本人の希望もある。しかし吸血種が好む洞窟が大量にあることも理由のひとつだった。
本人は魔王城の背後を守ると気合を入れて拝領していたが……ところで。
「お前、魔王城はどうした」
留守番をするんじゃなかったか? そう尋ねるルシファーへ、アスタロトは何でもないことのように返した。
「桃色巻き毛を見つけて確保しました」
捕まったのか、ベルゼビュート。休暇中なのに……いや、休暇が終わった直後だろう。時間制で手配を掛けられた可能性が高いか。つまり城の留守番役をベルゼビュートに押し付けた形だった。
「そこまでして追いかけてきたのか?」
「叫ぶ陛下の声と魔力に呼ばれたのですよ」
呆れ顔でそう呟くが、オレに盗聴器でも付けたのか。思わず、身体チェックをしてしまう。振り返って後ろや首のあたりを触って確認していたら、赤い瞳に睨まれた。びくりと肩を揺らす。
「ルシファー、ここなら蛇もいないわ。そこの辺りよ」
こちらの騒動をまったく気にかけない強心臓のリリスが、薄暗い洞窟の奥を指さして跳ねる。興奮した様子に釣られて奥へ歩き出した。レラジェの回収については、アスタロトも異論はない。手伝う気なのか、後ろをついてきた。
向こうの洞窟と違うのは、コウモリが天井にぶら下がっていること。それから壁にヒカリ苔が生えており、多少明るいことくらいだ。ごつごつと荒れた地面に気を付けながら進むこと数分、すぐにレラジェを発見した。
「ほら、レラジェでしょ?」
「……たぶん」
「そうだと……思いますが」
歯切れの悪いルシファーとアスタロトは、顔を見合わせて困惑した表情で首を傾げる。というのも、荒れた洞窟の奥にいたのは子供ではなかった。つるんとした卵だ。しかもレラジェがすっぽり入る巨大なもので、ドラゴン種でも珍しいサイズだった。
「大きいな」
「中はそのままレラジェよ。割っちゃいましょう!」
えいっ! 止める間もなく、リリスが手を振り下ろす。頭上で雷が発生したらしく、激しい音と振動で洞窟が半分ほど崩れた。コウモリが必死で逃げ出し、アスタロトが結界を張る。ルシファーも身に纏う結界の範囲を広げて、卵まで守った。ぐらぐらと揺れる洞窟は、派手に壊れていた。
「リリス、危ないだろう。雷を使う時は許可を」
「ちゃんとルシファーがいる時に使ったわ」
「ああ、その点は偉かった。次からは使ってもいいか聞く癖もつけてくれ」
叱るだけでは育たない。かつて熟読した育児書のページを思い浮かべ、ルシファーががくりと肩を落とした。その後ろでアスタロトが「ルシファー様は甘いんです」と眉を顰める。叱ろうと口を開いたアスタロトの動きが止まった。
「卵がっ!」
ぱかっと綺麗に割れた。




