1122. レラジェ捜索網
イザヤが駆け戻った屋敷では、混乱したアンナが泣いていた。預かったレラジェはまだ幼児、それをワイバーンに攫われたという。すでにルキフェルが手を打ったが……情報は入っていなかった。
「私がいけないの。家の庭だからって……」
「自分を責めるな。レラジェは無事だ、お腹の子に障るだろう」
慰める兄の腕に縋って泣くアンナに、リリスも膝を突いて抱き着いた。優しく肩を抱いて、後ろから包み込んで声を掛ける。
「レラジェはルシファーが助けてくれるもの。心配しないで、アンナの肩が冷えてるわ」
自分の羽織っていたショールを掛けて、泣きじゃくるアンナと一緒に屋内に入る。兄イザヤも同行したため、必然的に外に残ったのはルシファーとルキフェルになった。
「陛下、今の膨大な魔力はいったい」
何をやらかしたのですか。叱る口調で飛び込んだのは、アスタロトだった。魔王城にいて、ルシファーが解放し使用した魔力量を感知したらしい。事情を聞くと眉を顰め、吸血種へ通知を出す。これで洞窟などの暗闇に隠れても、情報が入るだろう。
「申し訳ありませんが、城を空けるわけにいきませんので帰ります。必要ならベールを動かしてください」
「わかった。悪いが留守を頼む」
魔王城は常に大公か魔王が詰めているのが決まりだ。何かしらのトラブルがあれば、どの種族も魔王城へ連絡を入れる。その際にすぐ動ける強者がいなければ、手遅れになるからだった。ベルゼビュートが休暇中だが、手が足りなくなれば緊急招集しかあるまい。
近隣のドラゴン種やコウモリが総出で探しているにもかかわらず、人攫いワイバーンの情報が入らない。ワイバーンはすでに巣に引き籠ったのだろうか。森を探すなら魔王軍も招集をかけた方がいいだろう。そう考えたルシファーがベールを呼ぶ。
「ベール、軍を動かせるか」
「承知いたしました。レラジェ捜索ですね」
呼び出した銀髪の大公に簡単に事情を説明し、魔王軍を動かすよう命じた。そこへ門から走ってきたヤンが塀の上から声をかける。顔を覗かせた彼は、魔獣の王として君臨した経験を持つ。この辺りに住む魔獣は協力体制にあった。
「我が君、魔獣も動かしますぞ。魔王軍に知らせておいてくだされ」
「悪いが頼む」
魔獣は鼻が利く。捜索にはうってつけだろう。だが間違って魔王軍に攻撃されないよう、事前通達を出す必要があった。この辺の連携は上位者が集っているため、スムーズに手配が終わっていく。森へ駆け戻ったヤンの遠吠えが聞こえ、魔獣が散っていく気配がした。
「……ワイバーンの習性からして、この時期に大きな獲物を捕るのはおかしい」
彼らは繁殖期以外はほとんど動かない。洞窟や森の大木の陰、崖の下で冬眠状態の動物のように過ごすのだ。体力の消耗を防ぐことで、餌を獲らずとも生き抜けるよう進化していた。そもそも繁殖期ならば大量に飛来する。時期も合わない。
「ワイバーンを操る奴に心当たりがある!」
唸るように吐き捨てたルキフェルが、さっと姿を消した。水色の髪の大公に心当たりがあるなら、そちらは任せていいだろう。ルシファーは魔力感知の範囲を広げながら、徐々に魔の森を覆っていく作業中だった。網のように広げる先に、レラジェの魔力はない。
ふと、ルシファーは思いだして屋内へ足を向けた。リリスは魔の森の娘だ。そしてレラジェもまた同様で、ならば弟に近いレラジェを探せるのではないか。封じた魔力を開放することになっても、彼女の助けを借りよう。
「リリス、魔力を開放したらレラジェを探せるか?」
「……分からないわ。やったことがないもの」
不安そうに返したリリスだが、抱きしめていたアンナが手を握って「お願い」と呟く姿に微笑んで頷いた。
「やってみる。ルシファー、お願い」
「わかった」
封じた魔力を開放する。リリスの手を握り、干渉する制約を外した。あふれ出る魔力が光を帯びて柔らかく周囲を満たしていく。きらりと金の瞳を輝かせたリリスが叫んだ。
「見つけた!」
指さした方角は……魔王城の裏手だった。




