1114. 吹き飛んだ手料理
ほぼ全員、結界が間に合った。イフリートは頭を抱えて、結界内で座り込む。エプロンのポケットに忍ばせた大公アスタロトの結界は、よい仕事をしてくれた。おかげで指先や髪も千切れていない。いくら炎の精霊族で高温に耐性があっても、爆発で指先が吹き飛ぶ可能性はあるのだ。
爆発音は2回だった。どうやら調理場の隅に置かれていた小麦粉が吹き飛び、粉塵爆発も重なったようだ。
ルーサルカは土の壁を作り、ルーシアがコップの水で結界を張った。レライエが上手に温度を操り、風で上に巻き上げたシトリーが安堵の息を吐く。大公女達は無事で、イポスは剣に仕込んだ結界を発動させていた。彼女達の無事を見届けてほっとしたルシファーだが、もちろんリリスの髪一筋も損なわれていない。
「今回も爆発したか」
ポケットマネーから見舞金と修繕費を捻出するか。アスタロトやベールに相談したところで、公費の許可が下りない気がした。
「驚いたわね」
自分が原因だと思っていないリリスは、料理=爆発だと勘違いしている。ピヨが入った青卵で作ったプリン以降、リリスが調理すると爆発するのは7割の確率だった。下手な戦いの勝率より高い。ベルゼビュートによれば、厨房の修理を生業とするバッファロー系種族は、羽振りが良いのだという。間違いなくリリスの恩恵だろう。
「あちっ、あ……新しい世界に目覚めちゃう……」
変な声をあげながら、足元を小型で緑の生き物が走り抜けた。すっかり忘れていたが、レライエはいま婚約者を連れていない。近くの空いた机で待っていた彼は、燃える愛用のバッグを背負ったまま走り回る。新しい世界に目覚めてもいいが、婚約者に捨てられるなよ。
冷めた目で見送るルシファーの前で、レライエが慌てて飛び出した。爆発が収まった後は、埃が舞い散るだけなので危険は少ない。強いて言えば埃を吸い込んだり、吹き飛んだ破片でケガをする心配だけだった。レライエは器用に温度を操り、上昇気流を利用して自分の周囲の空気を流す。
「アドキスっ、こっち」
「ライ、あついぃ」
飛び込んできた翡翠竜を受け止め、鱗に引っ掛かったバッグを捨てた。火元がなくなったので、火傷はあるものの楽になったのだろう。婚約者の胸に顔を埋めて幸せそうだ。
「ねえ、アドキスは平気なの?」
「ああ。まったく問題ない。あいつはレライエの抱っこが好きでな、バッグを故意に燃やしたんだと思うぞ」
本来、ドラゴンは火に強い。自分の周囲に炎の壁を作ることも可能な翡翠竜は、大公候補に名の上がった過去を持つ実力者だった。背中に火傷を負う方が難しいのだ。おそらく数枚の鱗を剥いで、そこに炎を押し付けたに違いない。
ルシファーは予想の大半を濁し、イフリートに向き直った。階段を駆け下りて来る足音が聞こえる。探るまでもなく、アスタロトを先頭にした料理人一行だ。危険なので休憩にしてもらったのだが、正解だったな。
「ルシファー様! またやらかしたのですか」
「オレじゃないぞ」
やったのはリリスだ。原因は不明なのだが、毎回爆発する。ルキフェルもすぐに調査目的で飛んで来るだろう。毎回「原因不明」の報告書を出すのが屈辱だと騒いでいた。今回こそはと意気込み、部下を連れて来るに決まってる。
「アスタロト様、あ……りがとうございました」
イフリートの結界は自動的に展開するものだった。事前に魔力を込めておいて良かったと微笑む大公だが、周囲に追加で魔王の結界も重なっている。こういった速さと正確さは魔王の面目躍如だ。アスタロトへ得意げに胸を張るルシファーに、吸血鬼王は苦笑いした。
「散らかった料理は……復元しましょうか」
まだ蒸し始めだったので、復元すると生になる。リリス以外の全員が気づいた事実を、誰も指摘せずに曖昧に頷いた。




