1107. うっかり……首を落としました
魔王と勇者は対だったらしい。襲ってくる勇者がいなくなったため、魔王と対だろうが無関係だろうが構わない。そう結論づけるしかなかった。
逃げ延びた人族がどのくらいいるか調査しているが、容易に数えられる程の少数だ。接触した魔族に対しても、いきなり攻撃的な態度を見せることはなかったという。都の生き残りではなく、辺境の地に追われ住む人々は穏やかだった。
「無理に全滅させることもあるまい」
「数の管理は魔王軍が行い、一定以上の数になったら駆除します」
「……魔物と同じ扱いね」
意思の疎通ができれば魔族分類なのだが、そこはベールが譲らなかった。貴重な幻獣や神獣を守る彼の立場を思えば、あまり強く反対もできない。その意味では、辺境を守護したベルゼビュートもベールと同意見だった。
「別の話だが、なぜ城に帰ってきたオレが警戒対象だったんだ?」
「あ、そうだ! 忘れるところだった」
「大切な案件が残っていました」
ルキフェルが苦笑いし、ベールもお茶を淹れ直しながら「うっかりした」と漏らす。己の自宅である魔王城に帰ってくるなり、警護の兵に武器を突きつけられる魔王というのはおかしいだろう。ルシファーがむくれた声を出した。
「いきなり、偽物だの本物だの。見ればわかるだろう」
「見ても分からないんですよ。あなたの偽物が出ました」
「うん、魔力以外はそっくりだったよね」
ベールとルキフェルは遭遇したらしい。偽物が出た。そう言われても、外見は魔力量を示している。同じ魔力量を持つ敵がいるのか?
リリスの膝から身を起こすと、髪があちこちに引っ張られた。リリスが編んだ髪を解くと、さらりと流れる。昔から癖がつきにくく、纏めるのに苦労した。
「そういえば、髪が少し癖っ毛だったかも」
ルキフェルが突然、思い出したように手を叩く。ベールが記憶を辿りながら同意した。
「そうですね。あとは魔力の濃さが違います。偽物は、バラけた感じがしましたし」
「変ね。魔力が少ないと真似もできないと思うけど」
首を傾げるリリスも話に加わった。お菓子を食べるとルシファーの顔に落ちるから、食べずに我慢していたのだ。珍しく気を使っていたリリスは、菓子の皿を引き寄せて膝の上に乗せた。2枚一度に頬張る。
「それは捕まえたのか?」
「ううん、別に」
「捕まえるべきでしたか?」
ルシファーの問いに、側近2人は不思議そうに返した。ここにアスタロトがいたら「なぜ逃すんでしょうね」と寒い笑みを……。
「アスタロトはどうした」
先に帰ったはずだが。そう尋ねたルシファーが探った結果、文官が集まる階下の大部屋にアスタロトがいることが判明した。侍従のベリアルを捕まえて呼びに行かせ、その間に偽物の話を聞く。
「今朝初めて見たんだ。僕が研究室から出て、朝日に目を細めていたら」
「ルキフェル。徹夜は禁止だと言ったでしょう」
「ごめん。夢中になってたら朝だったんだよね」
話が大幅に逸れた。
「目を細めたら、の続きから頼む」
「あ、ああ。えっと……渡り廊下の途中で会ったんだ。すれ違ったってほど距離が近くないんだけど、ルシファーだと思って挨拶した。そしたら無視するんだよ。追いかけて呼び止めようとしたら、ベールが飛び込んで」
「うっかり本気で斬りかかって、首を落としました」
「……オレの首を?」
「偽物の首でしたから」
いや、オレの首を落とした後で偽物だと判明したんだろう? それってオレの首を落としたのと同じだぞ。魔王が向ける抗議の眼差しを、ベールは笑顔で受け止めた。
「偽物の、首でしたよ」




