1098. 復活する種族への爵位
「何に礼を言ったのだ?」
わかっていて問うルシファーへ、少年は言葉を選ばなかった。試されていると感じる。
「僕の杖が爆発するって噂になれば、売れなくなります。でもあの杖は便利で、近所の猫獣人のばあちゃんは腰が痛くて水が運べないから、杖を毎日使ってる。隣村のリザードマンは火魔法が使えないから、火を付けるために杖を買ってくれる。それがうちの収入だから、危なくないって言ってくれたことです」
横で驚いた顔をする父親の犬耳がしょんぼりと垂れた。
「私が病弱であまり働けないので、やっぱり気を遣わせてたのか」
助け合うこの一家にとって、少年が作る杖は唯一に近い収入源だった。もし爆発すると知れ渡ったら、誰も手に取らなくなる。治癒が使える種族でも、わざわざ危険な杖を買わない。便利な杖がなくなれば、水を運べない老婆は苦労し、火魔法が使えない男は不便になるだろう。
今まで爆発しなかったのは、魔法が使える種族は杖に興味を持たなかったからだ。結界が張れる魔力量があれば、生活に必要な魔法は自力で扱える。属性が合わなくても魔法陣を購入して使用できた。
魔法陣は魔王城以外でも販売されている。魔法陣は安全で便利だが、ある程度の魔力が必要だった。そのため魔力量が少ない種族が使えない問題点がある。この杖は、魔石を魔力の対価として代用することで、誰でも使えるように改良したのだ。それは本来、魔王城が行うべき施策だった。誰でも魔法の便利さを享受できるよう、魔王や大公が手を打たなければならなかった。
見落としていた足元の小さなシミを、この子供は拾い上げたのだ。ルシファーにとって感謝しこそすれ、少年を責める気はなかった。
花火のように散らすことで、爆発を故意に起こした仕掛けと認識させた。彼らの杖は今まで通り、魔法が使えない住民達の便利な道具として販売できるだろう。
「……注意書きをつけること、それから販売許可の申請を通して、製作者の権利を保護しましょう」
こういったことには、誰より知恵の回る魔王に苦笑いする。アスタロトが口にしたのは、最低限必要とされる手続きだった。
驚いた少年が瞬きし、ぽつりと言葉を吐く。
「いいんですか? 僕ら、処罰されるのかと……」
「いや。逆に報奨金が出る案件だぞ。魔力が弱い種族の生活を便利にする道具の発明だ。それも発動条件が簡単で、魔石を使うことにより本人の負担も少ない。持ち歩きも簡単な道具を作ったんだ、もっと誇れ」
ルシファーは少年の苦労を正当に労う。これは魔王城の研究所勤めも可能なほどの実績だった。妹も含めれば妖狐族が2人になる。先祖返りによる種族復活の条件が整った。今後妖狐族が生まれて増えるなら、早めに手を打った方がよさそうだ。
「アスタロト」
「はっ。すでに2名の先祖返りが確認されたため、種族復活の手続きに着手します。その上で、新たな爵位が必要でしょうね」
手続きの書類作成はアスタロト、妖狐族の先祖返り確認の書類をルキフェル。ベールが周辺調査をして、ベルゼビュートを含めた4人が奏上する。それで形式は整い、魔王ルシファーが承認すれば手続き完了だった。
「大至急手配してくれ」
「はい。休暇後で構わないでしょうか?」
「ん? お前、休暇中なのか」
ルシファーの監視という仕事だと思っていた。そう呟いた上司に「監視してもいいんですよ」と穏やかに笑うアスタロトに首を横に振る。隣でリリスが真似して、大きく首を振るが楽しそうだった。
「楽しいわね、ルシファー」
「……そうだな」
オレは楽しくないし、恐ろしいぞ。そんな複雑な思いを殺して、ルシファーは曖昧に返事をした。きょとんとして状況が掴めない少年に、魔王はゆっくりとした口調で言い渡す。
「近日中に妖狐族の復活が発表され、君は男爵になる。今後も杖を作って、多くの民を助けてやってくれ」
「僕、貴族……男爵? え、お父さん、どうしよう!」
慌てる少年だが、父親はさらに驚いて動きが止まっていた。微笑んでお茶を用意するルーシアが、じっくり紅茶を蒸らして淹れる。そのお茶が全員の手元に並ぶ頃、ようやく親子は状況を理解して喜んだ。




