1090. 魔獣が美味しく頂きました
「さて……どう刻んだものか」
すでに刻んで魔物の餌にすることを確定した言葉に、ガープは叫んだ。神龍の灰色の巨体がうねる。
「なんで、おれが捕まるんだ? 罪状は何だって」
「我が君に楯突いた罪」
被せるようにアスタロトが笑った。恐怖を増幅するような笑顔は黒く、どこまでも暗かった。恐ろしさに後ずさるものの、逃げ場はない。
「殺したら、理由、そう理由がわからなくなるぞっ!」
少しでも生存確率を上げようと叫んだガープに、アスタロトは笑顔を崩さぬまま首を傾げた。まるで仮面のようだ。貼り付けた表情はぴくりとも動かない。
「理由など不要。事実があれば構わん」
魔王を狙う行為は、正式な手法を用いた魔王位簒奪のための戦いであれば罪に問われない。返り討ちにあっても、一族は挑戦者の勇気を讃えるし、他の一族も素直に称賛した。長き世を生きた彼らにとって、勇者や爵位簒奪者は人生のスパイスなのだ。
短い寿命の一部を訓練や鍛錬に費やし、全力でかかってきたなら誰も嘲笑したりしない。だが、他者を騙し操り、当事者以外を巻き込む行為は犯罪だった。今回のガープが行った唆しも含まれる。
魔王を守り治世を支えるのが、大公の仕事のひとつ。罪人の処分に臨むアスタロトの感情は揺るがない。目の前の愚かな龍を処分するだけだった。泣こうが喚こうが関係ない。
「ひっ……うわぁあああ!」
逃げられないと知りながらも、必死に森へ向かった。森の中にひらけた広場は、血の臭いがする。それが恐怖を掻き立てる材料だった。アスタロトの領地にある処刑場は、土の色まで赤茶に染まる。大量の血を吸った大地は、どんよりと空気が重かった。
ばしっ! 激しい音と共に、弾かれたガープは地面に転がる。可視化された結界が、ドーム状に張られていた。慌てて頭を地面に擦り付ける。
「た、助けてくれ」
「擦り下ろすか」
まったく聞いていない。アスタロトの手が伸びるのを、震えながらガープは見ているしか無かった。己の尻尾が掴まれ、やがて徐々に自分という存在が消されていくのを……。
「片付けを任せます」
気持ちが落ち着いたこともあり、アスタロトは魔獣に穏やかに話しかけた。待っていた彼らは大喜びで肉にありつく。半分ほどは擦り下ろしてしまったので、この場で食べるしかない。だが残りは細切れにしたので持ち帰ることも可能だった。アスタロトも食材として一部を収納する。
「神龍ですから、栄養もたっぷりですよ」
まるで愛玩動物に餌をやるように、優しく話しかける姿は返り血で真っ赤だった。浄化を使えない吸血鬼は、汚れた己の姿に苦笑いする。それから手を一振りして着替えた。顔や髪に飛んだ血も水や風の魔法で綺麗に消し去る。
ご馳走にありつけると頭を下げてお礼を示す魔獣を見回し、アスタロトは魔王の魔力を終点として飛んだ。不心得者を片付けた彼は機嫌が良い。転移先を探って眉を顰めた。すでに定めた終点は揺るがない。その場に現れた金髪の側近は、目の前の光景に額を押さえた。
「あ、アスタロト! ちょうどよかった、何とかしてくれ」
頼るルシファーの裾に、様々な魔獣の子がしがみつく。肉や魚を振る舞ったため、噂を聞いて集まったのだ。ところが屋台が仕入れる材料は限りがあり、足りなくなった。子供達はまだ食べ足りないと、ルシファーにお願いをしている最中というわけで。
「わかりました。何とかしましょう」
肩をすくめたアスタロトに、「出来るだけ穏便に頼む」とルシファーは両手を合わせた。隣のリリスも拝む仕草をする。しかし座り込んだ未来の魔王妃は大公女達と一緒に、角兎を撫で、猫科の魔獣を膝に乗せたり、巨大な魔狼の腹を撫でたりと忙しかった。
楽しそうな娘ルーサルカの姿を見ながら、アスタロトは書類を1枚作成する。それから収納にしまった神龍の肉の一部を取り出した。
「この肉を焼きましょう」
「「「がうぅう」」」
盛り上がる魔獣の子達。肉の元の姿に思い至ったルシファーは複雑そうな顔をしたが、言及しなかった。ただ決してその肉を口にしなかったという。




