1085. 久しぶりの襲撃?
入浴が終わったベールは、ルキフェルと署名済み書類を連れて帰っていった。魔王城に誰も留守居がいない時間は短くて済んだため、アスタロトもルシファーも触れなかった。長い治世、人生にはそういうこともある。
「オレ達も戻った方がいいのか?」
剥げた鱗の痕に薬を塗ってもらう翡翠竜を見ながら、全員が顔をしかめた。鱗の付け根だった部分が赤く腫れて、めちゃくちゃ痛そうだ。魔族は治癒魔法が無料なこともあり、痛みに耐えるのは苦手だった。その意味で、アムドゥスキアスは勇者である。自ら傷を負って、治癒しないのだから。
「いえ、どうでしょうか。魔の森が目覚めるまで視察もほとんど中止ですし、栄養失調の件も片付きました。今ぐらいしか休めないと思いますよ」
珍しくアスタロトが休暇を勧めてくる。何か裏があるのではないか。じっと部下の目を見つめる。赤い瞳は穏やかで、特に不穏な気配はなかった。しっかり確かめてから、ルシファーは頷く。
「よし。一足早く雛をピヨとアラエルに預けて、オレ達は休暇だ」
話を聞いたアラエルがピヨを背に乗せ、デカラビア子爵家経由で雛を回収することとなった。火の粉を撒き散らしながら飛んでいく姿を見送り、地元の温泉街に食事へ繰り出す。魔王や大公が休暇を取る際は、出来るだけ地元にお金を落とすよう取り計らうのが通例だった。
経済の活性化もあるが、魔王と大公達は魔族の英雄的存在だ。彼らが立ち寄って食事をしてくれた、うちのお菓子を買ってくれた。それが民にとって誉でもあるのだ。あちこちの店に立ち寄り、両手いっぱいに買い物をしたリリスは笑顔を振りまいた。
「本当に、やっと魔王様に番が見つかって……安心しましたよ」
「100年前に死んだ爺さんも心配してたっけ」
「こりゃ別嬪なお嫁様だ」
いく先々で褒められ、リリスも満更ではない様子。初めて聞く鼻歌を披露しながら、繋いだ手を振った。音が外れている気もするが、誰も指摘しない。
「魔王、覚悟っ!」
「甘いですよ」
飛びかかった若者を、手前でアスタロトが投げ飛ばした。相手が刃物を持っていなかったので、素手で対処した結果だ。かなりの距離を飛ばされ、くるっと回って着地した。
「身軽ね」
「なかなかの体捌きだ」
「お猿さんみたい」
「鱗があるから猿じゃないわ」
途中から失礼な表現も飛び交う中、体の至る所に鱗のある若者が叫んだ。
「我が先祖の仇だ! 神妙にしろ」
「「「はぁ?」」」
威嚇するような温泉街の住人の反応に、リリスが驚いてルシファーに抱きつく。鼻の下を伸ばしながら婚約者を抱き寄せるルシファーに、アスタロトが目配せした。
気持ちは理解しますが、今は民の眼前ですよ。
分かった。
慌てて顔を引き締める魔王ルシファーの前に、屋台の親父が包丁片手に飛び出した。出刃包丁なので刺す心配はいらないが、叩き切られたら治癒が効きづらいな。奇妙な心配をしてしまう。すっぱり切れた腕はあっさりくっつくのだが、切れ味が悪い刃物で切ったり千切ると治りが遅いのだ。
仇と叫ぶ相手の治癒の心配をしながら、ルシファーが数歩前に出た。
「仇と申したか。ならば無念の死を遂げた先祖の名と種族を告げよ」
「……どうせ覚えてないんだろ」
「この人はともかく、私の記憶力はこれでもルキフェルに次ぐ優秀さを誇ります。滅びた種族はすべて覚えていますよ」
拗ねたような若者の言葉に、アスタロトが淡々と返した。事実、ルシファーもほとんど覚えている。自分にとって都合が悪い悪戯や出来事を、多少曖昧にする程度だ。物覚えが悪い大公と思われるベルゼビュートだが、彼女も数字は数千年前の帳簿の内容も暗記していた。要は得手不得手なのだ。
「200年前に滅びた半鱗族、最後の族長は祖父のプルソンだ」
聞いた途端、アスタロトが顔を顰めた。
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