1078. ついにお母さんか
色で魔力を見るリリスが目を細め、不思議そうに振り返る。魔力感知でアスタロトを確認したルシファーも、首を傾げた。
「なんで帰ってこない?」
「アシュタ、動かないわね」
ケガをした様子もないのに動かず、同じ場所にいる。爆発があったことも気づいていないのだろうか。少し深い位置にいるアスタロトを待つこと5分。ようやく出てきた。
転移を使わない理由がわからない。何かを掴んで出てきたアスタロトは、容赦なくマグマの中へ掴んだものを放り出した。真っ赤な溶岩に沈んだ後、ぷかっと浮かんだのはピヨによく似た雛だ。
「アスタロト、何だ……それ」
「鳳凰の雛ですね」
「「「誰の子?」」」
鳳凰やアラエルまで加わって疑問を呟く。
「え? お前達の子じゃないのか」
この場で一番可能性が高いのは、喧嘩していた鳳凰夫婦だ。しかし2人は顔を見合わせた後、左右に首を振った。作ってないし、産んでない。
「……まさかあの雌に産ませたんじゃないでしょうね」
妻の怒りに夫は焦った。それはない。なぜなら、若い雌との浮気は妻の勘違いなのだ。絶対に違うと言い切れるし、もちろん愛しているのは妻1匹だ。
「ない! 絶対にない!!」
「怪しいわ」
疑う妻をよそに、ルシファーは火口から声をかけた。
「ひとまず上げてくれ」
「わかりました」
放り投げられた雛を拾い、アスタロトは火口まで飛んだ。あの灼熱のマグマの海と爆発を掻い潜ったとは思えぬ、涼しい顔で雛を落とす。
「この雛が穴に詰まっていました。その先に温泉らしき地下水がありましたので、雛が栓になっていたのでしょう」
引っこ抜くのに時間がかかり、抵抗した雛が吐いた炎が爆発の原因らしい。状況を簡単に説明されるルシファーが頷き、リリスはぺたんと座って小柄な雛を見つめた。懐かしい。ピヨも卵から出てきた時、こんな感じだったわ。そんな感想のまま手を伸ばそうとして、慌てたレライエに止められた。
「リリス様! 手が焼けます!!」
「あ、ああ。助かった、レライエ」
ちょっと目を離しただけなのだが、鳳凰の雛を手に乗せたら火傷では済まない。結界は張っていても、危険な行為だった。また炎を吹けば爆発するかも知れないのだ。
「リリス、誰かに触るときは許可を得なさいと教えただろ?」
「ごめんなさい。ライ、ありがとう、助かったわ」
懐かしさに駆られて、手を触れようとしてしまった。申し訳なさそうに謝るリリスに向かい、雛はよたよた歩いてくる。間で両手を広げて接触を拒否する翡翠竜に、きらきらと目を輝かせた。
「ぴぃ!!」
「違うっ!」
ん? 全員が翡翠竜に注目する。いま、雛の鳴き声と会話しなかったか?
「ぴぃ、ぴっ」
「お前とは種族が違う。僕は雄で婚約者もいるんだ」
胸を逸らして威張るアムドゥスキアスに、全員が「ああ、またか」と納得した。鳳凰は神獣や幻獣に分類される特殊な鳥だが、どこまで行っても鳥だ。目を開けて初めて見る生き物を母親だと思い込み、子鴨のように追い回す。刷り込み現象と呼ばれる鳥の習性だった。
「どうしてアシュタじゃなかったのかしら」
「目が塞がっていたのですよ」
くすっと笑いながら、アスタロトが種明かしをした。地下水が流れる水路は、マグマが近く温められ温泉となる。その途中に卵の殻をつけた雛が引っかかっていた。すっぽりハマって抜けない雛を持ち上げたところ、目脂で前が見えない状態だったらしい。
目脂を燃やす目的もあり、水で弱っていた雛を温めるためマグマに投げ入れた。呼ばれた時も雛が驚いて目を閉じたため、アスタロトを見なかったようだ。ようやく落ち着いて目を開いたら、アムドゥスキアスが視界に入った。
「アドキスもついにお母さんか」
ほっこりした雰囲気で呟く婚約者に、翡翠竜は短い足で地団駄を踏んだ。
「違います! 僕はお父さんになりたいんです!!」




