1072. 叱る者と許す者が必要
「ピヨっ! 何をしたのだ」
母親代わりのヤンが叫ぶ。刷り込みから始まった母子関係だが、種族も違うのによく面倒を見ている。そんな達観した感想を持ちながら、ルシファーがヤンの耳の間を撫でた。
「気に病むな。ピヨは自由すぎる」
だからといって別邸を燃やしてもいい理由にはならないが、鸞の雛であるピヨならやりかねない。今夜の宿が半焼しても、ルシファーはさほど怒っていなかった。
どの種族もそうだが、子供の頃は力加減を間違えてあちこち壊すものだ。翡翠竜は魔王城を半壊させたし、ルキフェルに至っては山をひとつ吹き飛ばした。屋敷の半焼など、まだまだ可愛いものだ。そう考えるルシファーと違い、アスタロトは納得しなかった。
「ルシファー様、甘いことを言っているから成長しないのです。ピヨのことを考えるなら、もっとキツく叱る必要があります」
「だが、ヤンとお前が叱るのだろう? ピヨに逃げ場がないではないか」
追い詰めすぎると家出するぞ。ちくりと釘を刺すのは、かつて息子が家出したアスタロトへの嫌味だった。昔の失態を突かれ、アスタロトが思わず黙り込む。
「あの……ごめんなさい。掃除して、たら……その」
恐々口を開いたピヨを、リリスが手招きした。
「おいでなさい。私が聞いてあげるから」
最強の純白魔王を後見にしたお姫様の言葉に、ピヨの目から大粒の涙が溢れた。ぺたぺたと焼けた炭の上を歩き、リリスのスカートにしがみ付く。わんわん泣き出した姿に、ヤンは困り顔で尻尾を下ろした。
泣きながらピヨがした説明によると、火口へ遊びに来た際に「魔王陛下と姫様が遊びに来るんだって」と仲間が話しているのを聞いた。しばらく使っていない屋敷の埃を払うつもりで、羽毛を使って掃除を始めた。ところが届かない隅の埃を焼き払おうとして……うっかり炎を吐いてしまう。
火力の調整に失敗した炎は、屋敷の柱に燃え移りあっという間に広がってしまった。消そうとしてもうまくいかず、焦っていたところに魔王一行が到着したという。
「次は気をつけろよ」
「そうよ。ピヨがケガをするじゃない」
甘いルシファーとリリスに対し、レライエはびしっと注意した。
「火力の調整ができないなら、炎を使ってはダメだ。誰かを傷つけてからでは、悔やんでも間に合わないぞ」
自らも炎の属性を持ち自在に操るレライエは、ドラゴンの家系だ。竜人族を名乗る以上、人並み以上に厳しい訓練を経て魔法を使いこなしてきた。甘い考えのピヨにイライラするのだ。
炎は風と並んで他者を傷つけやすい属性だった。水や土の属性と違い、治癒と対極に位置する。傷つけてから泣くのではなく、傷つけないように自分に厳しくして泣いておけ。そう教わったレライエは、ピヨに近づくと頭をこつんと拳骨で叩いた。
「誰かを傷つけたくないなら、きちんと学べ」
「うっ……わか、った」
ぐすっと鼻を啜り、それでもピヨはしっかり頷いた。母親役であるヤンの毛皮に顔を突っ込みながら、ではあったが。レライエの言うことが正しいと理解した。
「どの程度損傷したか、確認しましょうか」
アスタロトが苦笑いする。ピヨは鳳凰として1〜2歳の子供と同等だ。言い聞かせてもまた騒動を起こすのは目に見えていた。それでも本人が反省したのだから、これ以上責める必要はないだろう。
問題は今夜の宿として、この屋敷が使えるかどうか……である。無理なら、デカラビア子爵家に連絡して借りるなり、魔王城へ戻る手筈を整えなければ。現実的な方向へ思考を向けたアスタロトへ、ルシファーは事もなげに答えた。
「安心しろ。前回の事件の後、ルキフェルが設置した復元魔法陣があるはずだ」
水をかけず、空気を遮断して消したのもそのためだ。魔法陣が刻まれた床を探しに、焼け焦げた屋敷に足を踏み入れた。




