104. 王妃候補を宣言しました
「身勝手な発言は命取りですよ」
整った顔に、黒い笑みを浮かべたアスタロトが口を開く。
「追放された雌共は、リリス嬢に対して礼を欠いた言動をしました。脅迫、威嚇、懐柔、中には腕を掴むなどの実力行使も見られたそうです。最初に陛下が嫁取りを否定した城門前から、なぜ勝手に移動したのです? 陛下が「不要だ」と断じた言葉を都合よく無視した理由は?」
しーんと静まり返った広間に、人形に子守唄らしき鼻歌を聞かせるリリスの声が響く。足をぶらぶら揺らしながら、大人しくルシファーの腕の中に収まっていた。本来なら幼子に聞かせる話ではないが、彼女の安全が保障されない魔王城の別室に置く理由はない。
ぐるりと見回し、アスタロトは淡々と続けた。
「陛下の溺愛するリリス嬢がいる保育園まで、かなり距離があります。誰の許可を得ましたか? 保育園の敷地内へ不法侵入し、陛下の愛娘を脅す……これらが許されるなら、法は意味をなしません」
上位者の許可なく行動し、自分勝手な思惑で幼女を脅したのだと突きつけられ、居心地悪そうに視線をそらす貴族を見回す。顔を上げて平然としていられるのは、素直に城門前で引き下がった一族の長のみだった。高潔を旨とする竜族や神龍族を始め、数は2割ほどしか残らない。
「今回の処罰では、あの者らの回収許可は出しませんので、もし掟を破るつもりなら大公の処罰を覚悟しなさい」
ベールが貴族達へ先手を打って警告する。森の番人ドライアドによって隔離された森の奥で、追放された者に自力で脱出する権利は残された。しかし外からの手助けは、大公による糾弾と処罰の対象になると突きつけたのだ。
「彼女達をその場で処刑することも出来ました。それをせず、生き残る可能性を僅かでも残した陛下の温情に感謝されこそすれ、批判されようがないのに、どの口が発言したか。あとで個別にじっくり言い分をお聞きしましょう」
全員の顔と名前を覚えているぞ……と匂わせたアスタロトが、ようやく口を噤んだ。魔王の側近として誰より近くにいるアスタロトの断罪に、広間が静まり返る。
「陛下、発言のお許しを」
神龍族代表のタカミヤ公爵が一礼した。頷いたルシファーが「許す」と一言添える。顔を上げた公爵は、皺が広がって歳を重ねた貫禄があった。頬に大きな傷が残っている。
「魔王城の女主人である王妃が空位では、再び同じような騒動が起こりましょう。候補で構いませぬゆえ、どうか王妃様をお迎えください」
ベールが溜め息をついた。ところがアスタロトは、我が意を得たりと笑みを深める。
「魔王陛下、いかがいたしましょうか」
言ってしまえと唆す金髪の悪魔に、ルシファーは覚悟を決めてリリスを覗き込んだ。人形を抱いた幼女は、あどけない笑顔で保護者を見上げる。
耳元でそっと尋ねた。
「パパのお嫁さんでいいんだよな?」
情けなくても最後の確認をしたいルシファーへ、リリスはにっこり笑った。抱っこしたお人形を揺らしながら、ご機嫌で言い放つ。
「リリスはパパと結婚するの!」
意外と大きな声だったため、静まった広間の端まで届いた。そんなリリスの黒髪へ、見せ付けるように接吻けたルシファーが得意げな顔で頷く。
「というわけだ。リリスは余の王妃候補となる」
「「「はっ」」」
事前に話が通っていたベール、アスタロト、ルキフェルは了承の礼を取るが……広間はざわめきに包まれた。ベルゼビュートはなにやら感動したらしく、目を潤ませて口元を押さえ何度も頷いている。
「おめでとうございます」
タカミヤ公爵は驚いた顔から一転、すぐに礼をとって祝いを述べた。続く貴族も見受けられるが、6割ほどは困惑して顔を見合わせる。ざわめく貴族の態度に、ルシファーが立ち上がった。
衣が擦れる絹の音に、場が静まり返る。
「余は王妃候補を定めた。これは妃であるリリス本人であっても覆すことは許さぬ」
宣言した魔王の背に翼が現れる。圧倒的な魔力の象徴たる2枚の黒い翼を見せ付けるルシファーへ、貴族達はそれ以上逆らうことなく頭を下げた。
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