1007. 僕は、還るんだ
僕の仕事は決まっている。魔王城の主であり、母なる森の愛し子である魔王ルシファーへ、新たな力を届けることだ。不要な人族を片付け、そこに割かれていた魔力を魔王へ流す。その変換装置だった。
彼らに受け入れられやすいよう、ルシファーと同じ顔、リリスと同じ色を纏った。魔族は幼児に優しいから、子供の姿で……魔力消費も少なくて済む。
計算の上で弾き出した姿だけど、なんだろうね。ここのところ、複雑な気持ちが消せない。二度目の孵化がいけなかったのかなぁ。
泣きそうな気持ちで眉尻を下げた。こんなふうに顔を作っていられるのも、今だけなのに。
「僕は、還るんだ」
言い聞かせるための言葉だった。役目を終えたら、母なる森へ吸収される。レラジェと名付けられた個体は消えるから、それを僕が惜しんじゃいけない。
死んだ人族は、かつてこの世界に流れ込んだ異分子だ。排除しようとした森に対し、魔王は魔族として迎え入れようとした。同じ形をした仲間だと判断する魔王に、魔の森は危険を承知で魔力を与える。生きていくために必要最低限の魔力を、森が負担したのだ。
皺寄せは、森に押し寄せる。森の支配地域を小さくして、そこの木々が溜めていた魔力を放出した。その魔力を多く浴びた者の中に、勇者と呼ばれる存在が生まれる。それは魔王と対であるとされたが、実際は違っていた。
「……レラジェ!?」
転移で真横に現れたルキフェルが目を瞠る。今のレラジェは半透明で、透けていることだろう。しかも外見年齢が成長したはずだ。それを見たルキフェルが驚くのはわかる。
だけどね、これは本来君の役目だったんだよ。レラジェは泣きそうな顔で笑った。
「ルキフェルが、ルシファーのお気に入りじゃなきゃ、僕は生まれなかった」
代わりに消えてと言わないから、このくらいの傷は許してよ。君の心に少しだけ、傷をつけて僕の存在を残して欲しい。
レラジェの呟きに、ルキフェルは考えるように地面を睨みつけた。ベールは追いかけることが出来ない。彼には魔王軍の管理があるから……全部魔の森の母が考えた通り。
「どうして、魔王誕生時の大公は3人しかいなかったか」
突然加わったルキフェルの存在は、他の大公とは違う役目があって生まれたと考えるのが正解だ。昔、そんな話をベールとしたことがあった。ルキフェルの掠れた声での疑問へ、レラジェが答える。
幼児と呼ぶ外見が、一気に成長していく。数十年単位であるはずの変化が、わずか数分に凝縮されていた。到着時に5歳前後だったレラジェの外見は、すでに10歳に近い。人族が死ねば死ぬほど、魔の森が割く魔力は回収された。その受け皿がレラジェなのだ。
「母なる森は魔王を護るため、3大公を選んだ」
もっとも魔力が豊富な種族から、森が選んだ個体へ魔力を注ぐ。大公の数が奇数だったのは、魔王を孤立させないためだ。すべては魔王が基準だった。
「そして人族は増長しすぎた。母の願いを越えて」
レラジェは悲しそうに細く長い息を吐く。助けてもらった恩を忘れ、魔王を攻撃対象とした。それでも即座に森が人族を処分しなかったのは、そんな関係でもルシファーが受け入れたから。魔王に挑む種族の存在を、肯定してしまった。
魔の森は体内に異物を抱えながら、それでも愛し子を支え続ける。そんな調和は、ある日壊れかけた。ルキフェルが生まれる原因となった事件だ。
「君が生まれたのは、人族を殺すためだったのに」
レラジェはぽろりと涙を零す。12歳まで成長した体が、ぎしぎしと悲鳴を上げた。




