099 錯覚
今、チビが拘っているのは遠投だった。遠くまで相手の胸の位置に正確に投げ込むのがチビの中で流行りになっている。無論、チビにはコミュ力が無いので常にエア遠投を行っているのだが。相手がいると想像して、そこに投げ込む。想像している時は常に伝説の選手達を思い浮かべるようにしている。たとえばAKIRA選手だったり鬼崎喜三郎だったりと次元が違う相手と遠投キャッチボールしているつもりになるのだ。それに遠投なので相手が存在する必要は必ずしも必要な訳ではない。練習相手がいらないケースだってあるのだ。それが今回の練習である。ただ、チビにもうちょっとコミュニケーション能力があれば誰かと一緒に練習は出来る。そうしない理由はやはり一人が好きだからだ。世の中には一人が好きな人間をコミュニケーション不足だと言っているが、それは大きな間違いである。彼らは話そうと思えば気軽に相手と話せる。しかしチビは両方の面を持っているので、結局コミュニケーション不足な訳である。人と話すだけでもそれなりのストレス解消になるのに、それをしない理由はやはり一人が好きなのだろう。一人が好きだかからこそ人と接する機会を失って、結局はコミュニケーション不足になってしまう。それが延々と続くサイクルを自分で作ってしまったのだろう。それではいかないと誰しもが思っているだろうし、まずは自分が気づかないといけない。チビもそれを薄々感じ取っているのだが、中々積極的に会話が出来なかった。なので今回も人と話す機会に恵まれずに遠投をするだけになってしまいそうだ。チビがこうなってしまった理由は野生の猫として生活していた期間が実に長かったからだ。彼は一匹猫として雨の日も風の日も暮らしていたので、人どころか同じ猫と接する機会も少なかった。それに面と面を合わすと直ぐに喧嘩が始まるので猫付き合いなど出来る筈も無かった。結局はそのまま人間として成長して現在に至る訳である。
「ああ。このまま不甲斐ない人生を送り続けるのかな」
社会と隔離された感情など誰もが抱いている。皆同じ環境なのに自分だけが悲劇のヒロインだと錯覚する人物があまりにも多すぎるのだ。無論、それはチビも同じだった。些細な事で気を失っていては前に進もうとしても前には進めない。だからこそ、太い信念を保つためにも苦しい状況に敢えて飛び込むのが重要だった。




