078 寮のおばちゃんは大体嫌味
チビは目の前にいるおばちゃんを苦手としていた。なぜならば彼女は人の仕事を邪魔するだけではなく、意地悪もしてくる陰湿な人だからだ。彼女のような人間は何処にでもいるかもしれないが、このように働き続けているのは珍しい。というのも、彼女は運だけはいいようで、球団監督から「次、選手に意地悪したら辞めてもらうぞ!」ときつく言われていた。ところがその度に監督が代わっていくので、当たり前だがおばちゃんの事など伝えられる筈もなく、結果的にこの寮で40年以上も働いているのだ。ここまでの悪運を発揮させられると逆に気味が悪くなってくるのは仕方がない。それでいて、結果の出ない選手を見て鼻で笑ったり、スランプに陥った選手に向かって「ざまあないね」と呟いたりするのだ。しかもそれだけではない。彼女は自分の気に入った選手にだけは優しくするので、彼女に気に入られた者は豪華な食事にありつける。たとえそれが万年2軍の選手であってもだ。それらを見ていると、まるで社会の縮図を見ているように錯覚してしまうのもチビがおばちゃんを嫌っている理由だった。
しかし、いくら苦手だとしても挨拶をされれば返す必要がある。一昔前は挨拶をしても平気で無視をしてくる信じられない性格の人間がいたそうだが、今はそうではない。どこの組織も挨拶の重要性は認知しており、最低でも5メートルの距離が離れていても聞こえるような大きい声を出すのが一般的な挨拶の条件と呼ばれている。なので、挨拶をされても返さないのは「自分は人間以下のゴキブリ野郎です」と自己紹介をしているのと同じなので、挨拶をされたら絶対に返さないといけない。たとえその時にマグニチュード9の地震が発生しても、ひとまずは笑顔で挨拶した後、それから逃げる必要が出てくるのだ。
「おはようございます。おばちゃん」
思わず苦笑いをして挨拶をすると、寮のおばちゃんは目と鼻の位置まで近づいてきて、おばちゃん特有の濃い香水の匂いが鼻につく。するとおばちゃんは満面の笑みで更に大きい声で挨拶をしてきたのだ。
「お、は、よ、う!」
これは誰がどう考えても嫌味な態度である。だからチビはこのおばちゃんを好かないのだった。




