067 アドレナリンが出る瞬間とは
いくら本を読んでも行動に移さないと意味が無いのだが、その点ではチビの行動力は中々のものだった。2軍は誰も練習していない怠惰の世界なのに、先輩達の誘惑に打ち勝って1人で黙々と修行をこなしているのだから大したものだ。常人ならばどうしても欲に負けて日々の努力を放棄しそうなのにチビは違う。自己啓発本で学んだ目標の立て方を実行している。それでもまだ結果が出ていないのでアレだが、とにかく続ける事に関してはチビの才能は大したものである。雨の日も風の日も雷の日も、毎日すると決めた事は必ずやり通しているのだ。
何故、チビがここまで忍耐強いのかと言えば野良猫時代のひもじい思いをしているからに他ならない。あの時は1日の御馳走がゴミ袋から出てきた秋刀魚の残骸など良くある事で、飯にありつけない時もあった。人の家の玄関から漂う魚の焼いている美味しい匂いを「羨ましいな」と思いながらも、空腹でどうしようもない日々が続いていた。なのでチビにとっては2軍生活や野球の練習など大した苦痛ではない。野良猫精神を持っているからこそ、2軍での理不尽な日々を乗り越えられるのだ。
そしてチビは今、恋をしているので少しの出来事はへこたれない。それだけ好きな人がいるのといないのとでは精神的苦痛がまるで違う。好きな人の顔を思い浮かべるだけで先輩からの嫌がらせも楽に思えるし、苦痛を軽減できる。それだけ恋をしている時はアドレナリンが放出されているのかどうかは知らないが、火事場の馬鹿力が発動している気がする。阪海ワイルドダックスの英雄、AKIRAは自分をとことん追い込んで火事場の馬鹿力がいついかなる時も発動できる状態を作りだしていたので、他の選手よりも圧倒的な成績を残してきたと言われているが、チビにとってアドレナリンが放出される瞬間は恋心を抱いている時に他ならないのだった。




