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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
2章

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あの場所で、記憶が目覚める

 



 扉を叩く音がして、僕は後ろへ振り返った。

 そこには、いつの間にか開けられていた扉を叩いたらしいシュトルツがいた。



「一応、入る前にもノックしたんだけどね?」



 まだ何も言っていないのに、彼は肩を竦めて弁解する。



「もう日付跨いでるけど、エーレさんが話があるって」



 時計を見ると、たしかに日付が変わったところだった。



「エーレがですか?」


「そ。そんなに長くはならないと思うけど」



 あの少年に会った後も、エーレとシュトルツはいつもと対して変わらない態度だった。

 リーベだけが、思いつめたように黙り込んでしまっていた。



「わかりました。行きます」



 本当は、エーレと話すのは怖かった。

 けれど、話を聞かないと何も始まらない。

 そう思って部屋に戻ろうとしたら、何故かシュトルツがバルコニーまで進み出てきた。



「こっちの方が早いから。エーレさんたちも、もう待ってるみたいだし」



 それだけ言った彼は流れるような動作で僕を脇に抱えると、バルコニーの柵を軽々と飛び越えた。



「ちょ、まっ……ここ二階……!」



 制止も拒絶もする暇もなく彼に抱えられ、気が付いたときにはバルコニーが視線の上にあった。


 叫びたかったけど、ここは首都の宿街だ。

 そんな無駄な理性が働いて、ぐっと息を止めるしかなかった。



「びびりすぎでしょ。これくらい、なんてことないって」



 落ちてき多声にそっと目を開けると、前にはため息をつくエーレと冷ややかな表情でシュトルツを見るリーベがいた。



「普通に出てこれんのか、お前は」


「下に人がいたら、どうするんだ」



 すぐにエーレとリーベが苦言を呈した。

 いつのまに着地したんだろう、衝撃らしい衝撃はほとんどなかった。



「いやだって、待たせたら悪いでしょ? それにほら」



 頭上の声を追って首を回すと、シュトルツが空を指していた。



「早くいかなきゃ」



 彼が何のことを指して言っているのかわからなかったけれど、とりあえず僕はまだ彼の腕に抱えられている。

 いい加減、放してほしくて声を上げた。



「シュトルツ、びっくりしたじゃないですか。下ろしてください!」



 けれど彼は僕の言葉なんて聞いていなかったように、そのまま歩き出す。



「夜も遅いし、おこちゃまの歩幅に合わせてたら、時間かかるしねぇ。

 それに、逸れられたら困るでしょ?」



 僕では、彼に力で敵わない。

 答えの代わりに大きなため息だけ吐き出して、抱えられたまま夜の首都の街並みを眺めることにした。







 *** 







 王国首都エルディナ。王が住まう王城は、首都の北側に面している。



 城の後ろ――北には広い林があって、更にその先には、緩やかに登る小さな森があった。

 その森を抜けた先には、突き出た崖。その先端には、随分と昔に使われなくなった展望台がある。

 

 狭い森の中を駆け抜けたシュトルツが、森を抜けた先からこちらへと手を振っていた。



「エーレさん、リーベ、早く早く」


「急ぐ必要ねぇだろ」



 エーレが眉を寄せて、声を上げる。



「春の流星群、今日までなんだって!」


「お前……いい大人がまだ流れ星がどうとか言うんじゃねぇだろうな?」



 森に響いたシュトルツの声とは裏腹に、エーレの呟くような声は響くことなく森に吸い込まれていく。

 けれど、シュトルツはそれをしっかり聞き取ったようだった。



「こういうロマンに歳は関係ないって!」



 子供のように手を振ることをやめないシュトルツにエーレは呆れて、ため息を吐きだした。



「昔にも、こういうことがあった気がするな」



 リーベが森の先を見つめて、目を細めた。

 エーレはその視線を追って、シュトルツに抱えられたままのルシウスを見る。



「どうだっただろうな」



 ようやくシュトルツの腕から解放されたルシウスが、シュトルツに文句を言ってるような姿が見えた。

 森の先で、二人が言い合いをしている声がここまで聞こえてくる。



「エーレさん! ルシウスがいじめる! 早く来て!?」



 赤い髪が月明かりに照らされて、炎のように揺らめいた。



「覚えているのは、あいつが昔から口の減らないやつだってことだな」



 何気なく呟いた言葉に、隣のリーベが短い笑いを上げた。



「違いない」



 彼の笑い声など、あまりにも久しく聞いたエーレは、思わず目を細めて微笑んだ。

 しかし、表情を緩めたことに気が付いた彼はすぐに目を伏せる。



「俺たちは感傷に浸るために、ここにきたわけじゃない」



 誰に言うわけでもなく呟かれた言葉に、リーベは何も言わない。



「リクサに明かされる前に、話せる限りのことを俺たちの口から伝える」


「その方が良いだろうし、そうすべきだと私も思う」



 エーレに答えたリーベの言葉と共に、足元でパキリと小枝が折れた音が、ヤケに大きく響いた。

 その余韻の中で、エーレの大きなため息が響く。



「元からそのつもりだったが……どうにも昔の話をするのは、億劫で仕方ない」


「たまには、過去を振り返る必要があるんじゃないか?

 私たちがここに立っていることを確かめるためにも」



 リーベの言葉を聞いて、エーレは自然と眉を寄せた。



「そうかもな」



 前から途切れることなく、シュトルツの急かす声が響いている。

 その中に、ルシウスの声も混じりだした。



「あいつは……何年生きてるからって、あんなに落ち着きがないんだ」



 エーレが、うんざりしたような声をあげる。

 リーベの苦笑が、前方二人の声にかき消された。



「さっさと行くぞ、リーベ」


「ああ」



 そのやりとりを最後に二人は歩を速めた。



 子供の頃は、駆けなければ遠かったこの道も、今では少し歩を速めるだけで足りる。

 エーレは過ぎた年月の長さを感じて、ため息と共にほんの少しだけ視線を落とした。






読んでいただき、ありがとうございます。

ようやくエーレたちの過去が明かされます。

少しでも気になっていただけたら、気軽にブクマ感想いただけたら嬉しいです。

これからも頑張って、毎日更新していきますので、よろしくお願いします。

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