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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
2章

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平穏の音が止まるとき

 



 ぼんやり、空を見上げていた。

 あと半日もかからず、首都に着く。

 整備された街道を荷馬車は走っていた。


 昨日あんなことがあったとは思えないほど、景色は長閑で温かくて、幌の中の様子も普段と変わりない。



「首都に近いっていうのに、景色は長閑だねぇ」



 青い空を見上げながら昨日のことを思い返していた僕の耳に、間延びした声が聞こえてきた。



「この分だと、陽が暮れる頃には着けそうだな」



 リーベも隣で、珍しくなにもせずに、のんびりしている。

 エーレは頭を垂れて、目を閉じているし、シュトルツはいつものように、だらりと縁に体を預けていた。

 昨日、ほとんど眠っていないのだから、当たり前だった。


 一方で、奥のミレイユの醸し出す雰囲気は暗い。

 馬を繰るのは、イレーネが買って出てくれた。

 何せ御者を湖上都市で置き去りにしてきてしまったらしいのだ。

 謝礼と謝罪はトラヴィスに押し付けたとも言っていた。


 狭い幌の中を、僕はぐるりと見渡す。

 一人少ないというだけで、なんだか広くすら感じてしまう。

 首都に着けば、リクサに会う。

 リクサが何者で、どうしてエーレたちの事情を知っているのかわからない。

 けれど、彼ら隠していることが明らかになる。

 そんな確信めいた予感があった。


 神の化身であるリクサ。

 神の加護と権能を持つエーレたち。

 昨日のことも相まって、整理は全然ついていない。

 けれど、心の準備をしておかないといけない。

 準備といっても、何をすればいいのかわからないけれど。


 とりあえず力をつけるしかない。

 それが今、僕に出来ることだった。



「リーベ、古代言語の続き、教えてもらってもいいですか?」



 疲れている彼に教えを乞うのは気が引けたけど、彼は快く頷いてくれた。







 古代言語の学習は、順調に進んでいる。

 単語を覚えているところだった。

 文法という文法はなく、単語をどの順番で置くかによって、意味が変わってくる。

 勿論、音が主体だから、それも大事だ。


 古代言語自体、文章として話すと、一つの歌のように聞こえる。

 歌に自信がない僕は、不安でもあった。



「そういえば、シュトルツって音痴ですよね?」


「え? なに? もしかして、喧嘩売られてる?」



 今まで思っていたけど、口にはしなかった本音。

 だからこそ、つい口をついて出てしまった、

 けれど、シュトルツは怒るどころか、笑いながら返してきた。



「いや、そうじゃなくて。霊奏ってある意味、歌じゃないですか?

 シュトルツって音痴なのに、霊奏は出来るんですか?」



 今のところ、霊奏を使っているのを見たことがあるのは、エーレと奥にいるミレイユだけだ。

 そういえば、どうしてミレイユが霊奏を使えるのか、聞いていなかった。



「霊奏って、歌なの?」



 そう聞き返されて、咄嗟に言葉が出てこない。



「え? 歌ですよね?」



 思わず、僕はリーベに賛同を求めた。



「歌と言い換えても、間違ってはいないと思うが」


「シュトルツって、音痴ですよね?」



 念を押すように、もう一度聞いた。

 すると、リーベは目だけでシュトルツを見て、苦笑する。



「俺、いじめられてない? ねぇ、エーレさん。俺いじめ受けてる!」


「俺が睡眠の妨害といういじめを、今まさに、てめぇから受けてるのがわかんねぇのか」



 隣で騒ぐシュトルツに、一息で言ったエーレの唸るような低い声が聞こえた。



「俺の美声がわかんないなんて、お子ちゃまは可哀想だなぁ」



 エーレに、相手をしてもらえないと悟ったシュトルツの切り替えは早い。



「一生わからなくて、可哀想なままでいいです」


「そうだな、言葉と歌の違いなんじゃないか?」


「言葉と歌の違い?」



 リーベの説明に、僕は首を傾げた。



「そうだよ。歌は歌じゃん。霊奏は古代言語、つまり言葉。全然違うでしょ?」


「いや、歌も歌詞があるし、霊奏もほぼ同じじゃないですか。言語が違うだけで」



 シュトルツの言い分がわからなくて、困惑しながら反論した。

 言葉と旋律の組み合わせで言えば、歌も霊奏も同じなのに。

 歌のように、決まった旋律ではない――伝え方でその都度、変わってくる霊奏の方が難しくすらある。



「ルシウス、つまりシュトルツが言いたいのは、どこに重点を置いているかの問題なんじゃないか?

 この男の場合、歌は旋律に重点をおいているし、霊奏は言葉に重点を置いている」


「そうそう、そんな感じ。知らないけど。だって、感覚でしてるし」



 彼の意見を参考にしようと、真面目に話を聞いた自分が馬鹿だったということに気が付いた。

 シュトルツは、基本的に脊髄で生きてるんだった。

 考える前に体が動くし、論理的に考える前に、感覚で物事を把握している。


 思わず、大きなため息が出た。



「シュトルツが参考にならないことなんて、いつものことだろう。

 問題ない。ルシウスは、順調に習得出来ている」



 隣のリーベの慰めの声に、僕は小さく頷く。



「ちょ……酷くない!?

 ねぇ、エーレさん! 俺、いじめ受けてる!」


「うるせぇ! 殺すぞ!」



 眠りをシュトルツに妨害されたエーレが、頭をあげてシュトルツを睨みつける。

 昨日のことが、嘘のように平和だなぁ……



 そう思っていた時だった――


 奇妙な感覚だった。

 奇妙、そうとしか言えない。


 流れていた景色が停止した。

 荷馬車が止まったのだ。けれど、いきなり止まったのに、反動すらない。

 その一瞬で、僕以外の3人が立ち上がり、ミレイユも気が付けば、近くに来ていた。



「イレーネの安全確保を」



 状況を把握する前に、ミレイユが先に言った。

 その声を聞いたリーベが、真っ先に幌の外へと飛び出る。

 遅れて立ち上がった僕が見たのは、信じられない光景だった。



 幌の外――全てのものが停止していた。

 それはまるで、張り付けられた絵だった。


 首都に続く街道だ。

 後ろにも前にも、距離を開けて馬車が続いていた。

 その音も聞こえてこない。


 空を見上げると、空に漂う雲も、日差しも、風も、全てのものが存在を止めている。

 音一つない、無音の世界――

 愕然として、目の前の現象を受け入れられないでいた僕の肩を、シュトルツが叩いた。

 そこに、イレーネを伴ったリーベが戻ってくる。



「一旦、降りろ」



 すでに降りていたエーレが、視線で促した。



「精霊の反応が弱い」



 全員降りたところで、リーベが言った。



「どうなってやがる」


「嫌な感じだね。まるで……」



 エーレに続きシュトルツが言葉を続けようとした――その時。



「やぁ、久しぶりだね」



 突然、幌の後ろ側――僕たちの正面に、幼い少年が現れた。



 身の丈に合わない法衣、真っ白なウルフショートの髪。

 右目は曇天のような何も見ていないような灰色、左目が神々しいまでに輝く金色。


 外見も醸し出す雰囲気も、あまりにも異質すぎる――僕よりも背丈の小さい少年。

 少年も認めた全員が剣に手を当てた。





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