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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
2章

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陽としてそこに――

拷問を目の当たりに、そして情報を吐いた敵を殺したことにより、ルシウスは混乱に陥った。

 




「シュトルツ、リーベ。しばらく休んでろ」



 部屋を出るなり、エーレは2人にそう言った。



「え、俺らまだ大丈夫だけど。エーレさんは?」



 そう言いながら、シュトルツは光魔法で全員の体に飛び散った血を浄化していく。



「色々言いたそうだからな。出発するときに呼びにいく」



 エーレが僕へと振り返るのを見て、シュトルツは不満そうに頭を掻き、リーベは静かに頷くだけだった。

 彼はそのまま踵を返した。

 僕はその背を一度見て、シュトルツとリーベを見た。



「まぁ、あれの後で俺とじゃ話してもあれだろうし、行っといで」



 シュトルツは手を振り、リーベはまた小さく頷くだけだった。

 僕は少し遅れて、エーレの背を追う。彼は自分の個室へと入っていった。



「茶なんて出ないからな。適当に座れ」



 彼はそのままテーブルの前の椅子に、腰を下ろした。

 この部屋に他に椅子はない。だから、僕は奥のベッドの淵に腰掛けた。

 それっきり沈黙が漂う。

 彼は、僕の言葉を待っているようだった。


 話したいこと……

 言いたいことも聞きたいことも多くて、何から話せばいいのかわからない。

 それに、彼がこうして面と向き合って、僕の言葉を聞こうとするのは初めてなのだ。



「何でもいい、脈絡がなくてもいい。言ってみろ」



 沈黙を破って、そう言ったエーレの言葉と同時に何故か――先ほど見た無残な男の死体が、目に映ったような錯覚に陥った。



「僕、足手まといじゃないですか?」



 彼らとは、住んでいる世界が違いすぎる。

 咄嗟に出た言葉がそれだった。



「どうして、そう思う?」ため息と共に吐き出された質問。


「僕が足を引っ張ってるじゃないですか。

 今日の……もう、昨日ですね。僕が無暗に動かなかったら、貴方たちがあんなに追い詰められることもなかった。要塞都市(ガルダイン)でだって……」


「お前が足手まといだと、誰かが言ったのか?」


「そうじゃないけど……」



 誰一人として、僕を足手まといだと言わない。

 思っているのか、どうかもわからない。

 それでも、僕は確実に彼らの足を引っ張っているのはわかっていた。


 視線を落とした先で、エーレが僅かに動いたのが見えた。

 彼はテーブルに手を伸ばして、上で両手を組んだ。



「よく聞け。

 人はそんな簡単に変われり、ましてや強くなれるわけじゃない。

 お前はルシウスとして、俺たちと行くことを選んだ。今は、それだけで十分だ」



 真っすぐ、こちらを見つめる瞳。

 その視線を受け止めるのを躊躇った。



「でも、この先も今回みたいなことがあるかもしれない」


「その時はまたお前を守るし、どんな状況でも乗り越える。

 俺たちは。今までもそうしてきた」



 淡々とした――けれど、自信と確信に満ちた力強い言葉だった。



「いいか、お前は自分のことだけ考えてればいい。

 俺たちのことは気にしなくていい。いざというときは一番に自分の身を守れ。

 そのために必要なら、剣も魔法も霊奏も、なんだって教えてやる」


「僕は、貴方たちに守ってもらうばかりじゃ……僕が嫌なんです!

 貴方たちと……エーレたちと行くって自分で決めたんだから、隣に立ちたい!」



 今度は僕がエーレを強く見つめて、エーレが目を伏せた。



「したいようにすればいい。

 多少急ぐのは良いが、焦るな。焦ると道を見失う」



 ――思い上がった理想とその短慮な思考は、やがて貴方やエーレたち(かれら)の進む道を足元から崩す楔になるでしょう――



 何故か、ミレイユの言葉を思い出した。

 僕はルシウスとして、先に行くと決めた。

 それでも、変わりきれない、弱い僕のせいで、彼らの道を崩すことにならないとは言えない。



「他には?」



 ぐっと拳を握った時、エーレが再び僕を見た。

 さっきの話を短いやりとりで終わらせた彼。

 でも、あれが彼の答えなのはわかる。

 気にする必要がない――たったそれだけだった。


 頭にこびりついて離れない。先ほどの男の死体。

 シュトルツが、襲って来た暗殺ギルド員を片付けるのは遠目で見たことはあったけど、あんな間近で人が死ぬのは初めてだった。



「僕は、貴方たちが怖いと思うときがあります」


「あんなもん見たら誰だって、思うだろ」


「そうだけど、それだけじゃなくて……」



 僕は小さく頭を振った。



「怖いなら怖いでいい。

 俺たちのやることを全部、理解しようとしなくていい。

 無理に背伸びする必要はない。追い付こうとするのはいいが、合わせる必要もない」



 いつしか落ちていた視線の上から、聞こえてきた言葉。

 背伸びをしていた。そうなのかもしれない。

 変わろうと焦っていたのかもしれない。


 ルシウスとして生きる――彼らに追い付いて、彼らの隣に立つ。

 人はそんな簡単に……変われない。

 その言葉は、僕の胸に錘のようにずっしりとのしかかった。



「ルシウス」



 この部屋に入って、一番はっきりと凛をした声色に、僕は思わず顔を上げた。



「お前は陽としてそこに立っているだけでいい。

 俺たちが、お前の影になる。

 俺たちが、痛みも苦しみも憎しみも引き受ける。

 そのための犠牲も代償も全て背負う。

 だからお前は俺の……俺たちのルシウスとして、そこに立ってろ」



 ――まぁ、君は俺たちのルシウスだからね――



 あの夜、シュトルツも言っていた。


 ルシウス?



「ルシウス……ルシウスって、なんなんですか?

 貴方の背負う代償って、なんなんですか?」



 この名前はリクサがつけた名前だった。



 ――俺たちにとってお前は、ユリウスでもルークでもなく最初からルシウスだったからな――



 なのに、誰よりもその名前を大切にしているのは、彼らのようにすら思える。


 エーレが首を僅かに傾げた。

 深淵よりも深い深淵――この世の全ての闇を集めたような奈落色の瞳が、緩やかに細められる。


 僕はただ、その瞳に吸い込まれるように目が離せなかった。







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