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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
2章

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仮面

※この話には、少しだけ残酷な場面があります。実際的な描写はありませんが、苦手な方はご注意ください。



シュトルツとリーベが、入ろうとする僕をちらりと見たけれど、止めはしなかった。

男は扉側に背を向けて、椅子に四肢と胴体を縛られていた。


その次に、目に飛び込んできたのは男の足元――床には、手足の数だけじゃ足りない枚数の爪。

その他にも、男の四肢の服は裂け、血がこびりついている。

苦痛を与え、魔法で治癒する――それを繰り返していたのが、一目でわかる光景だった。


シュトルツとリーベは、男の正面には立たなかった。

エーレだけが奥から椅子を引いてきて、男の正面へと置いた。

シュトルツが後ろから、男の口に嚙ました布を外し、水の入ったボトルをエーレに渡す。

それを受け取ったエーレは、男の口に持っていくと、水を飲ませた。

咽ながらも、どうにか水を飲んだ男の呼吸が落ち着くまで、沈黙が漂った。

そして、エーレは椅子に座ると、膝の上に両肘を置いて、男を見据えた。



「頭の拠点は?」


その声が、広くない部屋の中に消えていく。

男は沈黙するだけだった。

エーレの表情は、最初から一貫して変わらない。

いつもの険しさはない、無表情に近い。

しばらく、部屋には耳に痛い沈黙が漂った。


僕は半歩前のシュトルツとリーベ、前に縛られた男の背、そしてその奥にいるエーレを順に見た。

すぐにでもここから出たいと思うくらいの、言い知れない緊張感が場を支配していた。

一度、瞑目したエーレは息を吐き出して、ゆっくり目を開けると言った。



「貴方に選択肢を与える。好きなものを選んでほしい」



その中に凛と通る――少し高くて柔らかい声色が響く。



「一つ。手足を斬り落とされて、目を潰された状態で、森に放りだされる。近くにいる動物か魔物が群がってくるだろうから、その先のことは言わなくても想像できると思う。

二つ。このまま終わらない拷問の中で、思考も感情も壊される。生きたまま壊す方法なんて、いくらでもある。痛みも感覚も時間も全て失うまで、失ってもなお地獄を生きる。

三つ。頭の拠点の情報を話して、ここから逃げる。勿論、傷も治してあげよう」



僅かに、エーレが首を傾けた。

同時に、縛られた男の背が小さく揺れたような気がした。



「どうしても決められないのなら、私が決めてもいい」



いつもの険のある彼からは全く想像がつかない――まるでエーレではない別人を見ているようだった。

表情からは、感情が全く読み取れない。

けれど、口調や声色だけ聞いていると、まるで相手を尊重して労わっているようにすら聞こえた。

言っていることは、おぞましい内容ではあったけど。

エーレが静かに立ち上がる。



「しばらく考える時間をあげよう。私が戻ってくるまで決めておいてほしい」



それだけ言うと、エーレは扉の方へと向かっていく。

男は固まったように、微動だにしなかった。



「15分だ。1秒でも過ぎたら選択肢は消える。

一つ目と二つ目、もしくは両方。私たちが好きな方を選んでやろう」



すれ違う形でリーベが懐から取り出した、小型時計を男の目に入る位置に置いた。

その追い打ちの言葉に、僕は顔を引きつらせながら、扉に向かうエーレの後ろにつき、シュトルツとリーベが続いてやってきた。


扉をくぐる寸前、背後からカチ、カチと秒針が時を刻む音が耳に残った。

背中に、嫌な感覚が這い上がってくる。

15分。あの音の中に、残された男の残像が目の裏を掠めた。


扉が閉められると、エーレは目を閉じて、深く息を吐き出した。

まるで、何かに耐えているような仕草だった。

そして舌打ちを一つ飛ばすと、再びため息。



「胸糞わりぃ」


そう、吐き出すように呟いた。



「ちゃんとエーレだ」



それを見て、目の前の彼がエーレであることに安堵する。



「は?」



いつものように睨んできた表情にすら、どういうわけか胸を撫でおろしたい気持ちになった。



「だって、さっきのエーレ……」


「まぁほら、あそこまで苦しめられたら、視野狭窄になってるからね。

そこにちょっとした飴を与えられると、メンタルを揺さぶられるわけ。

エーレさんは、そういうのちゃんとわかってるから」



何故か、自慢げに言ったシュトルツを見ても、先ほどの得体の知れない恐怖はなかった。



「そこまで気分悪そうにするなら、しなければいいのに……」



部屋から出てきてからの、エーレの顔色は悪い。



「手段を選べるなら、俺たちはここにいねぇんだよ。

頭の拠点の在処は、トラヴィスへの対価だ。出来るだけ早く渡しておきたい。

今後の計画にも大事なことだからな」



そういえば、交易都市(ラデスタ)で情報屋のトラヴィスに会った時に、そんなことを言っていたような気もする。

目的のために、手段を選ばない彼ら。

いつになったら彼らは、その背負っているものを、少しでも僕にわけようとしてくれるのだろう――



「とりあえず15分あるんだし、ちょっとお茶でもして休憩しない? さすがに疲れたわー」



シュトルツが、両腕を頭上で伸ばしながら言った。

この男は、二重人格なのかもしれない。

僕は本気でそう疑いたくなった。


あんな惨状のあとに、暢気にお茶なんて……

しかし、エーレもリーベも当たり前のように、1階へ続く階段に向かっていく。


僕がもし、あの扉の奥の男の立場だったら……


発狂する未来しか思い浮かばなかった。






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成長/革命/復讐/残酷/皇族/王族/主従/加護/権能/回帰/ダーク/異世界ファンタジー
― 新着の感想 ―
こんなの選択させられるとしたら絶対 精神壊れる( ᐖ )
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