誰かが痛む音
お茶に何かを盛られて絶体絶命になりながら、エーレたちは暗殺ギルドと対峙。
そこに熱にうなされたルシウスがやってきたことで状況は悪化。
エーレが重症を負い、それを見たルシウスが魔法を暴走させるもエーレによって鎮火。
ミレイユの霊奏によって危機を切り抜けた。そして生け捕りにした敵から情報を吐かせにかかる。
エーレ→ルシウス視点。ややこしくてすみません。
※ほんの少しだけ、残酷描写が入ります。ほとんどありませんが、苦手な方はお気をつけください。
エーレは扉の奥で、行われているだろうことを考えて、気分を悪くした。
暗殺ギルドの頭の現在の拠点――それがトラヴィスへの対価だった。
情報屋でも、たどり着けない情報。
暗殺ギルドに狙われることを想定した上の対価だった。
今まで、暗殺ギルドを放置していたせいで、計画に支障が出たことが多い。
‘’今回‘’は、先に潰しておかないといけない。
そのためにはトラヴィスへの対価として、暗殺ギルドの頭の拠点を渡すのが手っ取り早い。
問題はどうやって、潰すかだったが……
体に鈍痛が走る。
体の傷を癒せても、乱れた生命力まで回復するわけではない。
ルシウスの暴走した生命力を吸い上げたせいだった。
長引くようなら、あとでリーベの土魔法に頼るしかないか……
血が足りていないせいか、頭が鉛になったように重い。
思わず、息を吐き出した。
「新しい隠蔽の魔鉱石を作っておいた方がいいな……」
音を遮断するくらいの闇の魔鉱石なら、すでにある。
けれど、気配や存在まで隠蔽出来るものを作っておいたほうが、今後の役に立つかもしれない。
捕まえた男が情報を吐くのに、どれくらい時間がかかるだろうか。
正直、ひと眠りしたいところだったが、首都に着くまで眠れるような状況ではなかった。
シュトルツはおそらくキレているだろうし、勢いあまって捕まえた男を殺してしまわないか、心配でもある。
けれど、中に入るのは躊躇われた。
リーベがいるから大丈夫か。
そう思うことにして、壁に背を預けたまま、目だけ閉じることにした。
すっきりとした目覚めだった。
全身に籠っていた熱が引いている。
体は痛くないし、声も普通に出る。
見慣れない天井、体を起こして見渡した時――先ほど起きたことを思い出した。
咄嗟にベッドから出て、窓の外を見る。
まだ暗い。
あれから、さほど時間は経ってないようだった。
まず、やるべきことと言えば……と思って、記憶を遡った。
あれは、まだ熱にうなされていた時――夢を見ていた。
そこにエーレの視野と思考、感情が流れ込んできて、飛び起きたのだ。
流れ込んできたもので、状況はすぐに把握できてしまった。
すぐ近くの部屋に、暗殺ギルドの襲撃が起きている。
ミレイユの招集のため集まっていた全員が、毒を盛られてまともに動けない状況で戦っている。
この部屋に漂う、微かに感じることの出来る――エーレの波動。
闇の魔法で、部屋の存在を隠蔽しようとしただけであるはずなのに、制御が不安定で、彼の情報が共有されてしまったのだろう。
彼にしては、珍しいミスだった。
それだけ彼の生命力が不安定で、余裕がないという証拠でもあった。
火照る体と朦朧の意識の中、ルシウスは近くにあった手半剣を持ち、部屋を出ることにした。
そして、部屋に入ろうとしたと同時に後ろから襲われて、そこからは記憶が曖昧だった。
ただでさえ、熱で朦朧としてたのに、エーレの怪我を見て、頭が真っ白になって……
気付いた時には生命力を暴走させていた。
エーレが止めてくれなかったら、危なかったかもしれない。
今となっては、どうしてそんな行動をしたのかわからない。
僕が行けば、足手まといになることなんて、冷静に考えればわかることだった。
熱にうなされていたからなのか、ただ単にいつもの短慮な行動だったのか。
けれど、悪戦苦闘する彼らに任せっきりにして、自分だけ隠れているなんて出来なかった。
それでは、ユリウスユリウスと同じだと思ったからだ。
結果的に、もっとエーレたちを追い詰めることになってしまった。
ルシウスはそれを思い出して、項垂れた。
――強くならなければいけない。
ルシウスとして生きていくためには、力をつけなければいけない。
彼らに遅れを取らないくらいに強く――
まだ、彼らは起きているだろうか?
とりあえず謝罪をしなければ……お礼も言いたい。
そう思って、ルシウスは部屋を出ることにした。
一番奥の部屋――その扉の隣の壁にエーレはいた。目を閉じたまま、両腕を組んで、背を預けて立っている。
「何してるんですか?」
エーレしかいない。
彼が片目だけで、ちらりと見てきた。
「体調はもういいのか?」
「はい、おかげさまで」
ということは、シュトルツとリーベはこの扉の先なのだろう。
とりあえず3人揃って、状況を聞きたいし、礼を言いたい。
そう思って、安易に扉に手をかけた。
「おい、やめとけ」
扉を開けたのと、エーレの声が同時だった。
突如、前から聞こえてきた苦悶の声。目に飛び込んできたのは、シュトルツの手に握られたペンチ。
その先に、こびりついた血。
僕はそれを見て、無言で再び扉を閉めた。
すると、扉の先の音は完全に消え去る――隠蔽だ。
「あ、あ、あれなんですか!」
僕は勢いよく、右にいるエーレを見る。
「見ればわかるだろ。だから、やめとけっつったのに」
「もっと、早く言ってくださいよ!」
「お前が、人の話を聞く前に開けたんだろ」
それはそうだ。
それにしても、どうしてエーレは部屋の前にいるんだろうか。
捕まって、悲惨な目にあっているあの男から引き出そうとしているのは、きっと前失敗した暗殺ギルドの頭の情報なのだろう。
「必要なのはわかりますけど、ちょっと人道に外れてるというか……」
「なに今更なこと言ってんだ」
僕は「確かに」と頷いてしまう。
「シュトルツに、任せておいて大丈夫なんですか?」
「リーベもいただろ」
シュトルツとその手に持っていたペンチが衝撃的すぎて、リーベの姿が目に入っていなかった。
リーベがいるなら、安心かもしれない。彼なら、シュトルツのストッパーになってくれるだろう。
「でも、なんていうか……方法が原始的すぎませんか?」
「なんだかんだ原始的な方法が、一番効果あんだよ。それに、闇の魔鉱石に反応されたら終わりだ」
暗殺ギルドの人たちのうなじ付近には、闇の魔鉱石が埋め込まれてある。
魔法を使って、彼らから情報を引き出そうとすれば、魔鉱石が発動して、彼らから記憶と奪い――最悪の場合は自我さえも破壊してしまう。
エーレの再び、両腕を組んで目を閉じた。
「何しにきた。力を暴走させたんだ、もう少し安静にしとけ」
扉の先のことが衝撃的すぎて、すっかりここにきた理由を忘れていた。
「謝罪とお礼を言おうと思って……」
「そんなもん必要ない。お前を守るって約束しただろ。
結果的に無事だったから、それでいい」
――もしお前がルシウスとして俺たちと行くことを選ぶなら、俺は全力でお前を守ってやる――
城塞都市での約束を、エーレはしっかりと覚えていて守ってくれたのだ。
「それでも、僕のせいで状況が悪化しました。それに、エーレも……」
思わず、エーレの腕やお腹あたりを見た。
意識を手放す前に聞こえてきた、ミレイユの霊奏が頭に過った。
エーレたちにしか使えないと思っていた霊奏――古代言語を使った精霊との会話を、何故彼女が出来るのかはわからない。
けれど、その力で彼らの傷は回復したのだろう。
それでも、受けた痛みがなくなるわけではない。
文字数加減で、中途半端な区切りで申し訳ないです。
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