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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
2章

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86/204

悲鳴の中の沈黙の番人

リーベ視点です。

 




「エーレさん、もう平気なの?」


「大丈夫だっつってんだろ。何度確認すれば、気が済むんだ」



 先ほどから、2階共有スペースのソファーに座ったエーレの周りで、シュトルツが何度も同じ問いかけをしながら、うろうろしている。

 これで、5度目だった。


 ルシウスの風魔法で暗殺ギルドの敵を圧倒し、ミレイユの霊奏で全員の傷が癒された。

 そして、いち早く回復した彼女の水魔法――感覚の共有で、体内の神経麻痺も元に戻り、まだ向かって来た敵を一掃することが出来た。

 生命力(リーファ)を暴走させたルシウスは、気絶してまだ眠っている。

 熱も引いていないのに、まだ順応していない生命力(リーファ)を暴走させるなんて、命にかかわることだった。


 一方で、エーレはすぐに目を覚ました。



「でもほら、傷は治っても、流れた血まで戻るわけじゃないから」



 普段から、まともに食事をしようとしないエーレ。

 そんな彼に、シュトルツは携帯食を差し出した。



「食欲なんて、ねぇに決まってんだろ」



 エーレはそれ見て、一度だけ手を払った。



「状況の整理をするのが先だ。座れ」



 シュトルツは肩を竦めると、諦めたようにエーレの隣に腰を下ろす。



「状況から見て、レナータの入れたお茶だろうな」



 リーベが言うと、前のシュトルツもエーレも小さく頷いた。



「ルーンサリカの花」



 シュトルツが呟きに、今度はリーベが賛同を示した。

 サリカ草――その中でもルーンサリカの花は希少種であり、医療用として用いられる。

 麻酔としての効果があるからだ。

 しかし、一度に大量に体内に入ると、筋肉弛緩と神経麻痺を引き起こす。

 最悪の場合、呼吸困難に陥る。

 無味無臭で、お茶に混ぜられても気づけない。

 ルーンサリカの花は、国の管理する禁制品だ。

 認められた医療従事者しか扱えないようになっている。



「気づいた時にはもう遅かったけど、たぶんお茶以外にも、お香と一緒に焚かれてたんだろうね。

 ほんの少しだけ、違う香りがしたきがする」



 シュトルツが目を細めて、思い出すように言った。



「その煙を自分が吸い込む前に、レナータは部屋を出ていったってことか」



 エーレが眉を寄せた。



「封書を取りに?」



 シュトルツの言葉にその場に一瞬、沈黙が漂った。



「リクサの封書を口実にするため、もともと部屋に置いておいたんだろうな。

 まさかミレイユの側近が、暗殺ギルドと繋がっているとは思ってもみなかったが」



 暗殺ギルド、引いては帝国や聖国と繋がっているのなら、ルーンサリカの花を入手出来てもおかしくない。

 けれど、問題はどうして、レナータが裏切ったのかということだった。

 ミレイユの側近として5年。その前から彼女は聖律派のレヒト信徒として、協会に身を置いていたはずだ。


 まさか教皇率いる、新啓派の間者(スパイ)だったのか?

 けれど、リクサがそんな見落としをするはずがない。

 思考を回している最中に、前からエーレの舌打ちが聞こえてきた。


「明日には首都につく。リクサ(あの女)の口から、全部吐き出させてやる。

 あいつが知らなかったはずないだろ。何考えてんだあの女は」



 エーレの意見も同じようだ。

 まさか、リクサがリーベたちを裏切るとは思えない。

 思えないのではなく、起こり得ないと言った方が、正しいかもしれない。

 シュトルツが大きなため息をついて、立ち上がった。



「とりあえず、‘’あれ‘’どうする?

 時間もないし、やるならちゃっちゃと始めちゃうけど。

 エーレさんの体調がもう大丈夫なら、だけど」



 シュトルツが廊下の先を見た。

 何のことを言っているのか、すぐに理解したリーベは、急に気が重くなった。

 シュトルツに次いで、エーレも立ち上がる。



「そうだな、トラヴィスへの対価もさっさと渡さなきゃならんしな」



 それを聞いて、リーベも仕方なく立ち上がった。









「エーレさん、どうする? 苦手でしょ?」



 先頭でドアノブに手をかけたシュトルツが、扉を開ける前にエーレに振り返った。



「部屋に隠蔽だけかけて、ここで待機しておく」



 エーレはそれだけ言うと、扉の隣の壁に背を預ける。



「了解。タイムリミットは朝までだよね。リーベ、時間管理よろしく」


「わかった。やりすぎるなよ」



 リーベはエーレをちらりと一瞥して、扉を開けたシュトルツの後に続いた。


 部屋には、扉に背を向けた状態の――椅子に縛り上げた暗殺ギルドの男

 あの乱戦の中、どうにか生け捕りにできた、1人だった。

 彼の両手首には、イグリシウムの枷をつけてある。

 今回は、事前に奥歯に仕込んでいた自害用の毒を除去済みだった。

 男は、目を覚ましていた。



「さて」



 シュトルツが男の前に立って、彼を見下ろした。

 その瞳は、怖気が走るほどに冷たい。



「俺と遊ぶのと、暗殺ギルドの頭の拠点を教えるの、どっちがいい?」



 シュトルツの手には宿の主人から拝借した、包丁とペンチが握られてある。

 聖国か、帝国かは定かではないが――圧力によって逆らえず、買収されたとはいえ、襲撃に一枚嚙んでいた宿の主人。

 宿の主人はシュトルツを見て、恐れおののいていた。

 勿論、快く包丁とペンチを借りただけで、危害は加えなかったが。

 シュトルツは、尋問に自分の愛用の武器を使いたがらない。



「何をしようと出てくるものはない」



 男は淡々と言った。

 暗殺ギルドでは、拷問のための特殊な訓練もあると聞く。

 彼らは、痛みに慣れている。情報を吐かせるのは、気力と時間のかかる作業だろう。

 しかし、許された時間は陽が昇るまで。


 暗殺ギルドの頭は、再々拠点を変えることをリーベたちは知っていた。

 今どこにいるのか知りたい――けれど、それは首都への到着を遅らせる理由にはならない。



「そっ、じゃあ教えたくなったら、いつでも言って」



 シュトルツが、リーベを一瞥したに気づくと、彼は持っていた布を後ろから男に噛ませる。

 毒薬がないとはいえ、舌を噛みちぎられたら面倒だった。



「最初に言っておく。裏切りは敗北ではない。生き延びる手段の一つだ。

 よく考えてみるといい」



 男の後ろから、そう囁いた。

 男が小さく反応したのが見える。



「ちなみに。俺らが光の魔法を使えるのって、そっちに情報いってる?

 そういうわけだから……わかるよね?」



 シュトルツの口調や声色は、いつもと変わらないように聞こえる。

 リーベにとっては、それが逆に不気味だった。

 その癖、瞳は冷徹そのもので、その奥には怒りが見え隠れしている。


 エーレをあれだけ傷つけられたら、仕方ないのかもしれない。

 時間管理――それは彼がやりすぎないように、監視する意味も込められてあった。

 リーベはため息を吐きだしたいのをグッと堪えた。


 私だって、血なまぐさいのは苦手なんだがな……


 だからと言って、一番こういう場を忌避しているエーレに、同室させるわけにもいかない。

 他に適任者もいない。

 シュトルツの手が、男の爪に伸びる。

 出来るだけそれを見ないようにして、部屋に響く悲鳴を、静かに聞くしかなかった。





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