表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

85/204

霊奏――’’諷え’’

エーレ視点です。

 




 違和感――


 まず、宿の張り紙だった。

 改修工事と張り紙をしていたが、見るからにこの宿は古くない。


 次に、宿の主人。

 エーレたちが宿に入るや否や、何かを確認したような……僅かにだが、違和感のある対応だった。

 素人は、隠し事が表情や声色に出やすい。


 最後に、村全体。

 首都に近い村であるはずなのに、人が少なかった。


 それでも宿に泊まったのは、ルシウスを休ませるためだった。

 敵がやってくるのなら、村の外でも中でも変わらない。

 事前に、ルシウスの部屋に結界を張るよう、リーベに指示し、その上で隠蔽をかけた。

 もし敵がやってきても、ルシウスの部屋を認識できなくするために。




 けれど――これは想定外だった。

 エーレはシュトルツの言葉と共に、体の違和感を感じて、すぐに立ち上がった。

 その前でシュトルツは脱力して、テーブルに突っ伏し、咄嗟に立ち上がろうとしたリーベは、床に崩れ落ちた。

 突然、近くから敵の気配が現れた。

 この部屋の中で、どうにか動けるのは、エーレだけだった。


 体がうまく言うことを聞かない。頭がぼんやりしていて、ルシウスの部屋にかけた隠蔽の持続が難しくなってきた。

 エーレは一度、隠蔽を解除して、細身の剣をどうにか抜くと、自分の左腕の内側を勢いよく斬った。

 痛みで、頭を覚醒させる。

 一時的ではあるけれど、体も少しはまともに動けるようになるはずだ。

 ルシウスの部屋にかけておいた、リーベの結界は解除されてしまっているはずだ。


 エーレは後ろを振り返り、シュトルツとリーベに向けて言った。



 ――動け――



 筋肉弛緩のせいで、声は出なかったが、2人にはこれだけでも、十分に伝わる。


 扉を見据えて、剣を構える。

 大きく息を吸って、集中した。

 魔法を発動させて、いくつか隣のルシウスの部屋に隠蔽を試す。

 不安定ではあるが、しばらくは持つはずだ。


 後ろから2人が立ち上がった気配がしたと同時に、扉が破壊された。

 見飽きた、黒い装束の男たち――暗殺ギルド。

 冷静に対処すれば、動かない体でも、どうにかやり過ごせる。

 ミレイユの回復を待つしかない。

 光の精霊の加護を持つ彼女なら、精霊の手助けを得て、覚醒しきらない頭でも、ある程度の魔法は使えるはずだった。


 なだれ込んできた敵の数を確認するよりも早く、刃が向かってくる。

 広くない部屋の中で、いくつもの剣戟が鳴り響く。

 細かい動きは出来ない。繰り出される短剣を大振りの動作でよけ、弾くので精一杯だった。


 シュトルツは剣を抜かずに、エーレが避けた敵に狙いを定めて、その腕を掴みとり、投げ倒す。

 リーベは、角に身を寄せたミレイユとイレーネを守るために、奥で敵と刃を押さえていた。

 言葉もなく、体がまともに動かなくても、身に染みついた反射が、自然と連携を生み出す。


 リーベに敵の一人が向かい、その刃を受けた彼に向かって、もう一人の敵が襲い掛かるのが見えた。

 咄嗟に持っていた剣を、そちらへと投げる。

 上手く動かない体のせいで、致命傷こそ得られなかったが、リーベを助けるには十分だった。

 手の中が空になったエーレを敵が襲う前にシュトルツが体当たりで退ける。



 戦況は5分5分。

 ミレイユをちらちと見ると、彼女がほんの少しだけ首を振ったのが見えた。


 ――まだか――


 この戦況を覆すためには、ミレイユの魔法がいる。

 エーレは、ルシウスの部屋の隠蔽を持続させるだけで、精一杯だった。

 同時に、他の魔法は使えそうにない。


 リーベの方に投げた剣を手元に戻さないと――

 そう思った時に、よく知る気配が扉の向こうからしたのがわかった。


 ――あいつっ……――



 ルシウスが扉の前に現れるのと、どこかに隠れていた暗殺ギルド員が、ルシウスを後ろから襲うのが同時だった。

 反射的に動いた体は、ルシウスを押し飛ばすように、その奥に割り込んで、敵の振り下ろす手首を右手で掴んでいた。

 その後ろから、もう一人――右側から短剣を突いてくる。

 右わき腹ギリギリのところで、相手の腕を掴んで、それを左手で止めた。



「エーレ!」



 驚愕したルシウスの声が、後ろから聞こえた。

 更に後方で、2人が敵と相対する衝撃音がする。

 間を置かず、左手で止めていた――右側の敵が刃を横に振り払うのを見て、咄嗟に後ろへと下がる。



「っ……」



 しかし、もう片方の腕を逆に掴みとられて、それは叶わなかった。

 わき腹を裂かれて、掴まれた方の腕にも、衝撃が走った。

 どうにか距離を取るが、右腕が折られたを遅れて知った。


 ルシウスがやってきたことで、状況が悪化した。

 暗殺ギルドが、ルシウスへと攻撃を向けようとしていることが、手に取るようにわかる。

 エーレは、後ろにいるルシウスへと振り返ると、その手にあった手半剣を、左手で奪い取った。


 中央と奥側の敵は、リーベとシュトルツが牽制してくれているおかげで、やってこれない。

 入り口付近に待機していたらしい――他の敵4人。

 ルシウスの前に立って、エーレは左手で手半剣を構える。

 そのうちの2人が、襲い掛かってきた。

 普段ならなんともない数の敵でも、うまく動かない体と後ろにルシウスがいる状況では、避けることも叶わない。


 1人の剣を手半剣で受け止め、もう片方の刃を無理矢理上げた右腕を盾に受け止めた。

 その間を縫うように、後ろからまた2人がやってくるのが見えた。


 エーレは咄嗟に左手の剣を払い、背を向けて、ルシウスを押し飛ばす。

 背中に衝撃と激痛が走り、気が付いた時には、床に膝をついていた。

 意識が朦朧をして、耳元で叫ぶルシウスの声が、うまく聞き取れない。

 こみ上げてきたものを吐き出すと、床に大量の血が散らばった。


 その中でエーレは、左に僅かだけ首を傾け、ミレイユを見た。

 そこには露わになった太陽のような金髪があった。



 準備が出来た――その合図だ。

 これで、どうにか凌げる……

 そう、意識を手放しかけた時だった。


 目の前で強大な生命力の波動を感じて、エーレは無理やり意識を引き上げた。

 ルシウスが力を暴走させていることに気づくのに、時間はかからなかった。

 嫌な記憶が、彼の頭を掠める。

 ルシウスが引き起こした風が、敵を吹き飛ばし、家具や食器を舞い上がらせ、あらゆる轟音を巻き起こす。

 小さな風の刃が、体を切り裂く感覚がした。



 エーレは左手で、ルシウスの肩を力いっぱい揺らした。



「……ゥス……ぉい、ルシウス!」



 筋肉弛緩が緩まった喉から、声を絞り出す。



「ルシウス! 落ち着け!」



 呼ぶ声に、ようやく反応したルシウスの瞳に急激に色が戻っていく。

 けれど、制御できない魔法の暴走は収まらない。

 そんな中で、近くに光魔法の波動を感じた。ミレイユだ。


 エーレは、ルシウスの肩に置いた手を彼の胸へと当てて、息を吐き出した。

 正直、もう魔法を発動する気力も集中力も残っていなかった。

 けれど、最後の力を振り絞って、魔法を発動する。


 彼からあふれ出した生命力(リーファ)を吸収する――闇の魔法。

 今の状態で他人の生命力を吸い上げることは、自らを死に追いやることと変わりなかったが、やらなければ惨状は悪化する。

 体に激痛を覚えて、手が落ちかけるのを堪えるために、グッと歯を食いしばった。



「てめぇ……は、制御できるま、で……風魔法は禁止だ……!」



 ルシウスの目が見開かれて、こちらを見つめていた。

 動揺と驚愕と、心底傷ついたような顔。

 彼は、収まっていくルシウスの魔法を見て、手を下ろした。


 意識を飛ばしたかったが、その前にまだ……


 近くのシュトルツもリーベも満身創痍だ。

 それに比べて、吹き飛ばされた敵は立ち上がってきている。

 通常の光魔法では、足りないし、間に合わない――



「もういい。ミレイユ」



 呼びかけに、彼女がこちらを見たのがわかった。

 その唇からは、血が滴り落ちている。

 霊奏の準備は、とっくに出来ていたのだ。



「――(うた)え」



 ミレイユの口が開かれる。


 彼女口から流れた、歌のような言葉を耳にした瞬間――視界が暗転した。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
成長/革命/復讐/残酷/皇族/王族/主従/加護/権能/回帰/ダーク/異世界ファンタジー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ