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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
2章

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’’動け’’ ――声なき命令

ガルダインを離脱したルシウスはアルフォンスの内にある皇帝の支配魔法の中和を試す。

何度も失敗しながらもどうにか及第点という形でやり遂げる。

その後、ルシウスは発熱。その原因は後天本質の発現だった。

熱にうなされるルシウスを抱え、シュトルツたちは首都手前の村にさしかかる。

そこで彼らは違和感を感じて、何かに備える。


引き続き、シュトルツ視点です。

 



 ヘルメスの時、第二刻(午後10時)――



 それより数分前に全員が集まり、テーブルを囲んでいた。

 入って右手に長テーブルがあって、扉から一番近い位置にエーレ、その奥にミレイユ、更に奥にイレーネ。

 向かい合って壁側――手前にシュトルツ、奥にリーベがいた。

 レナータはいつものように、自らすすんで給仕を買って出ていた。

 全員の前にあったカップに、お茶が全て注がれた時――リーベが尋ねてきた。



「ルシウスは?」


「まだ熱は引いてないみたいだけど、問題なさそうだよ」



 集まる前にシュトルツは一度、ルシウスの様子を見に行ってきていた。

 後天本質が発現し、それに生命力(リーファ)が順応するまでの期間は人によって異なる。

 1日で体が順応する人もいれば、1週間かかる人もいる。

 少し重い風邪のようなものだ。命に別条はない。


 会話はそれきりだった。

 沈黙の中で、全員がお茶を啜る音だけが、しばらく響く。

 シュトルツは、腰に下げた短剣を確認する。

 カップを持ち上げて、前と隣をちらりと見ると、エーレとリーベも部屋にいるにも関わらず、剣を腰から下げていた。

 ミレイユたちはわからないが、彼らも違和感に勘づいているようだ。


 近くに、敵の気配があるわけではない。

 けれど、この違和感は経験からくるものだ。

 何か良くないもの――敵襲がある可能性は高い。

 フィレンツィアでも一度、宿にいるところを襲われた。

 備えておいて、損はなかった。

 レナータが近くで何やら、取り出す気配があった。



「皆さん、お疲れだと思いますので、お香を焚かせていただいでも?

 少しでもリラックスして、お茶をお楽しみいただきたいので」



 そんな彼女の気配りに、ミレイユがエーレを見た気配があった。



「好きにすればいいだろう」



 素っ気なく答えたエーレ。

 エーレはあんまり、香が好きじゃないんだけどなぁ……

 けれど彼が良いと言うなら、シュトルツが口を挟むことではなかった。

 柑橘系の香りが、部屋に漂い始める。



「で? 話って?」



 肝心なミレイユが切りだす様子がないことを知って、シュトルツが切りだした。



リクサ(あの方)から封書を預かってきています。

 首都に着く前に渡すよう、命じられておりました」



 ミレイユは持ち上げたカップに、目を落としている。

 正面のエーレが目だけで、ミレイユを一瞥した。



「封書ねぇ。しかも、このタイミング? あの人はいつも、何考えてんのかね」



 リクサが考えていることは、いつだってわからない。

 手の上で踊らされているような気持ちになるのは、今に始まったことではなかった。



「勿論、中身は見ていません。なので、私にもわかりかねます」



 ミレイユの慇懃な態度――思わず、肩を竦めた。



「で、その封書とやらは?」


「レナータ」



 エーレの催促に、ミレイユは給仕をしていたレナータに呼びかける。

 レナータは外衣の内ポケットを確認しながら、小さな声をあげた。



「申し訳ありません。部屋に忘れてきたようです。すぐにお持ちします」



 彼女はそう言って、小さく頭を垂れて、部屋を出ていく。



「お前が持っときゃいいだろ」



 エーレが吐き捨てるように言った。

 いくらレナータがミレイユの側近だとは言え、リクサからの封書くらい自分で持っておけばいいのに。



「預かってきたのは、レナータですから」



 フードに隠されて、顔は見えないが、こちらを一瞥する素振りも見せない、ミレイユ。

 相変わらず聖女として振舞う、彼女の言動は一貫している。



「で、リクサはなんだって?

 どうせあの女のところまで連れていけって言われてるんだろう? 護衛はそのついでだ」



 エーレの言葉に、シュトルツは頷きたくなった。

 リクサは普段、シュトルツたちの行動に介入してこない。

 何か重大な用――もしくは双方の利になることがあるときにだけ、使者を通して、指示を下してくる。

 そのたびに「提案」という言葉を使ってはいるが、実質命令だ。

 何せ今回の密護衛だって、カロンがレギオンから依頼受注する前に、勝手に受注されたことになっていたのだ。


 どうやって、裏から手を回したのかはわからないが――

 けれど、毎回その指示でシュトルツたちが利を得ているのだから、文句を言いようがない。



「そうですね。もう首都にも着くことですし。

 ルシウスを伴って、あの方の御前まで貴方たちを連れていくこと。

 そう、あの方は私に命じられました」


「いつものことだな」


「いつものことだねぇ」


「そうだな」



 エーレに続き、シュトルツとリーベがため息交じりで言った。

 その時初めて、ミレイユが3人を見渡すように、小さく首を回した。



「貴方たちは……あの方から、事情は聞いております。

 ルシウスに、どこまで話しているのですか?

 聞く限り、重要なことは避けて伝えているようですが」



 カップが、ソーサーに置かれる音が小さく響いた。エーレだった。

 彼は、カップを見つめている。



「どうだっていいだろ。お前には、関係のない話だ」


「以前にも申し上げたはずです。大切にしすぎないように、と。

 彼がルシウスとして進むと決めたのなら、全てを話すべきです」


「お前に何が……」



 エーレが何かを言いかけてはやめ、代わりに舌打ちを飛ばした。



「同じことを2度、言わせるな」



 エーレは怒りを抑えた、低い声でそれだけを続けた。

 その時、スンと鼻腔に違和感のある香りが届いたような気がした。

 焚いているお香の匂いではない。


 柑橘からは香ることのない――ほんの小さな違和感のあるもの……これは……



「ねぇ、エーレさん。なんか……」



 隣でリーベが動いた気配と、エーレがこちらを見たのと――そして、視界が揺らいだのが同時だった。


 ぐらりと頭が揺れて、体を支えることが出来ずに、気が付けばテーブルに突っ伏していた。

 前のカップが大きな音を立てて、倒れる――目の前にやってきたカップの中身は、空だった。


 全身の筋肉が弛緩しているのがわかる。

 指一本動かすのすら、困難だった。

 その上、声も出ないし、頭がぼんやりして思考が回らない。


 筋肉弛緩と神経麻痺……

 この症状を引き起こすものを、一つだけ知っていた。

 回らない思考を必死でどうにかしようとしていると、前からエーレが立ち上がる気配を感じた。


 遠くから、いくつもの気配も同時に感じる。

 詰めが甘かった――敵に備えていたにも関わらず、罠に嵌められるとは思ってもみなかった。

 どうにか首を回して、エーレを見上げた。

 彼だけは、毒にある程度の耐性を持っている。

 そんな彼が険しい表情で、こちらを振り向いて、声のない声を発した。



 ――う ご け――



 彼の口から読み取った言葉――それが朦朧とする意識を引き上げた。

 腹の底から息を吐き出し、力を振り絞る。体ごと腕を動かし、勢いに任せて大きく払った。

 そうして、目の前に転がったカップを下に落とすと、その勢いを使って、崩れるように体を下に倒した。


 目に入ったカップの破片を、大振りの動作で掴みあげ、そのままの勢いで脚へと刺す。

 麻痺した神経回路を痛みで、繋ぎ合わせる他ない。


 エーレが「動け」と言った。

 今、やるべきことは、はっきりとしている。

 筋肉弛緩作用から、完全に体の主導権を奪い返すことは無理でも、痛みによるアドレナリン放出で一時的には動くことが出来る。

 いくら彼が、毒や薬の類に耐性があると言っても、完全に無効なわけではない。

 この状況を彼にだけ、任せるわけにもいかない。


 破片を握る手はすでに血まみれであったが、それが更にシュトルツの意識を引き上げる。

 扉を破壊する音が聞こえ、シュトルツはどうにか立ち上がった。

 隣に同じように覚醒したらしい、リーベがやってくる。


 とりあえず、この状況を切り抜けなければいけない――

 麻痺する体では、細かい動きは出来そうにない。

 シュトルツは短剣を抜くことを諦め、扉を破壊して、なだれ込んできた敵を見据えた。






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