覚悟がもたらした祝福
途中からシュトルツ視点に移行しています
ハッと目が覚めた。
体が熱い。息が苦しい。
起き上がろうとしたけれど、体中が痛かった。
「あー、お子ちゃま。起きない方がいいよ。トイレなら仕方ないけど」
目だけで声がした右側を見ると、シュトルツが僕の顔を覗き込んできた。
彼は手にもったタオルを、僕の額の上に乗せた。
ひんやりしていて、気持ちいい。
「君、高熱出てるから」
「え?」
体の違和感は、悪夢のせいだと思っていた。
けれど、体中が痛いのも、熱いのも、そのせいで呼吸が苦しいのも、全て熱のせいらしい。
「まぁ、おめでとう?」
シュトルツが首を傾げる。
皮肉のつもりなのだろうか?
そう思って、僕は眉をひそめた。
「説明を省くと、ルシウスが理解できないだろう?」
反対側から、リーベの声がした。
馬車の揺れる衝撃で、背中が痛い。
「ルシウス。後天本質が発現したんだ。
生命力がそれに適応しようとして、熱が出ることがある。
だから、無理に動かない方がいい」
「後天本質? それ本当ですか?」
リーベの言うことが信じられなかった。
そんな兆候、全くなかったのに……
「本当も何も。ほらあれ」
シュトルツがリーベのいる方向を指さした。
それを追って、首を傾けると、荷馬車の淵の一部が破損していた。
「寝てるのに、いきなり風魔法を発現させるから焦ったよね。
急いで担いで、外に放り出したけど」
「発現したときに無理やり抑え込むのは、あまりよくないからな」
シュトルツとリーベの言葉に僕はびっくりしたまま、破損した部分を見つめていた。
「風ですか? でも、どうしていきなり……」
「お前が、ルシウスであることを選んだからだろ。
風の本質は’’覚悟と不和’’だ。自分の進む道に対して、覚悟を決めたお前に精霊が祝福を与えた」
足元から、エーレの声が飛んできた。
「覚悟……」
その時、先ほど見た夢を思い出した。
まさか、あの夢を見ていた時に発現したんじゃ……
「なんかすみません」
後天本質の発現タイミングは選べない。
けれど、まさか馬車を破壊してしまうなんて……
「しょうがないよ。ま、そういうことだから。生命力が順応するまでゆっくりしときな。
それは、光魔法じゃ治癒しようがないからね」
シュトルツがそう言って、水を差しだしてきた。
僕は彼の手を借りて、それを飲むと、再び幌を見つめた。
――覚悟。
そうか、僕はやっと自分の進みたい道を、見つけることが出来たんだ。
まるで、奇跡が起きたような気持ちだった。
まだ実感は湧かない。でも大切なものが、しっかり胸の中にある感覚はあった。
「そういえば、アルフォンスは? いるんですか?」
頭はぼーっとするけれど、眠気は来ない。
「彼なら、トラヴィスが連れて行ったよ。ちゃんと保護してくれてるから心配ないよ」
「トラヴィス?」
シュトルツの説明を聞いて、理解が追い付かなかった。
どうして、その名前がここに出てくるんだろう。
「あとで説明してやるから、寝とけ。
首都まであと2日だ。気合で回復させろ」
相変わらず、ぶっきら棒なエーレの声。
僕は背中が痛いことを伝えて、シュトルツに毛布を2枚下に敷いてもらった。
少し寝心地がよくなると、再び眠気に襲われた。
「エーレ、シュトルツ、リーベ」
襲ってくる眠気の中、3人の名前を呼んだ。
これだけは、伝えておかないと。
「連れ戻しにきてくれて、ありがとうございます。
嬉しかった。だから僕は……」
――こうして自分の進みたい道を見つけることが出来た。
そこまで言うはずが、眠気に勝てずに夢の入り口へと誘われた。
眠ってしまう数瞬前に、誰かの失笑が聞こえたような気がした。
首都を目前にして、シュトルツたちは街道沿いの村に泊まることにした。
時刻は夕時――
荷馬車で眠っているルシウスをシュトルツは抱えて、宿へと向かった。
7人の大所帯だ。
大きくない村で、宿が空いているかは怪しい。
宿の入り口には「明日より改装工事を行うため、しばらくお休みさせていただきます」という張り紙があった。
それを目にちらりと目に止めたエーレは、そのまま宿の扉をくぐる。
中は閑散としていた。
明日から工事を行うのだから当たり前かもしれない。
しかし宿の主人は、明日9時前までに出発してくれるなら、泊まっていってもいいと快諾してくれた。
そして、貸し切り状態の宿を4部屋取ることにした。
個室にまずルシウスを寝かせて、大きめの1部屋をミレイユたちに、同じくらいの広さの部屋をシュトルツとリーベが借り、エーレは個室を希望した。
それから各々、休息と食事を挟む。
その間にもルシウスが起きてくることはなかった。
シュトルツは村の酒場から帰ってきて、リーベとの相部屋に戻る途中だった。
「うーん」
彼は、宿の門をくぐると声を漏らす。
宿の主人が、カウンターの奥にいるのがわかる。
姿は見えないけれど、気配はある。
何か違和感を感じていた。
でもそれが何とはわからなくて、シュトルツは再び唸るように声をあげる。
そのまま2階の部屋に続く廊下を歩いていると、エーレの姿が目に入った。
ルシウスの部屋から、出てきたようだ。
「ルシウス、まだ寝てる?」
宿自体は小さくも大きくもない普通の宿だったから、それほど遠くない位置のエーレに声をかけた。
エーレは、ちらりとこちらを見て「ああ」と答えた。
「ミレイユから招集がかかった。ヘルメスの時、第二刻(午後10時)。お前らの部屋で、だそうだ」
彼がこちらへと向かってきながら、言った。
「招集? なんでまた」
「知るか。いつものことだろ」
吐き捨てるように言った彼は、シュトルツの隣を通っていく。
すれ違う時に、呟くような声が聞こえた。
――備えろ――




