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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
2章

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闇を背に従えた

 



「っ……ここは」



 見慣れない天蓋。

 そうか、慣れない力を使って、イグリシウムの枷でそれを抑え込まれて、それから……


 体を起こすと、酷い頭痛がした。

 体の芯から倦怠感を感じる。



「殿下、まだお休みになっていてください。

 本質以外の精霊と同調して、生命力を消耗されています」



 僕が起き上がったのに気がついたアルフォンスが、近くにやってきた。

 両手には、枷がつけられたままだった。



「申し訳ありません。あのような強烈な魔法を見せられたからには、それを外して差し上げることは出来かねます」


「炎と雷」



 あの光景が、頭に浮かんだ。

 僕ではない僕が、感情に任せて発現させた魔法。



「時折、感情の爆発で、一時的に本質以外の精霊との同調が可能な者もいるとのことです。

 しかし、それは生命力を枯渇させ、命を縮めます。

 これからは、お気を付けください」



 淡々とした口調。

 思わず、嘲るような笑いが、こぼれ出た。



「外はどうなってるの? 彼らは?」



 未だに頭の芯が、冷え切っている感覚が消えない。

 絶望と怒りからなのか――視界がいつもより、暗い気がする。


 なのに、いつもより見えるものが鮮明にも思える。



 まるで、僕ではない僕が――半歩前に立っているようなそんな感覚。

 僕は半歩後ろで、現実を見ているような……


 胸を渦巻く感情の嵐の中にいるのに、脳が氷に変わったんじゃないかと思うくらいに冷えていた。



「街に入ってきたのは、二名だけのようです。

 彼らが護衛している三名と、もう一名の彼らの仲間の姿は確認できておりません。

 大雨のため、いまだ見つけられていません」


「二人? もう捕まえたの?」



 二人――エーレとシュトルツかもしれない。

 リーベは基本的に後方にいるし、ミレイユたちがいるなら、結界魔法が得意なリーベが残っているはずだ。



「いえ、それが……噂には聞いていましたが、随分と手練れのようですね。

 未だ王国軍と交戦中です。両手剣を持った若者が随分と暴れている様子で」



 ……両手剣?

 シュトルツがあの両手剣を?

 彼の出自が明らかになるようなリスクを冒してまで、どうして……



「もうやめさせて。もう僕はここにはいないと言って引かせて。

 王国軍の被害が増える前に」



 よくよく考えてみれば、王国軍はただのとばっちりだ。

 帝国と暗殺ギルドに巻き込まれ、ただ利用されているだけだ。

 帝国にとって、王国にどれだけ被害が出ようと、大した問題ではないのだろう。



「ここまで来た彼らにそう言って、簡単に引くとお思いですか?」


 

 すぐにやってきた静かな反駁。

 そんな言葉を聞きたいわけじゃない。


 アルフォンスを目だけで見上げた。

 僕がどんな表情をしていたのかはわからない。

 しかし目が合うと、何故かアルフォンスは慄いたように、一歩下がった。



「そう」



 体がだるい。

 けれど、ジッとしていられなかった。


 ベッドをどうにか抜け出して、鉄格子の嵌められた窓へと進む。



 足が鉛のように重い。

 罪人や奴隷はこんな毎日こんな状態で過ごしているのか――


 窓の先は視界を覆うような大雨が降っていた。

 イグリシウムの枷で生命力を抑えられてさえなければ、雨の恵みを得て、水魔法でここから抜け出せたかもしれないのに。



「どうして僕を裏切ったの? アルフォンスの主は僕ではなく、皇帝なの?」



 外を見つめたまま、後ろにいるだろう――アルフォンスに問うた。



「私は……」



 後ろでアルフォンスが、たじろいだような気配があった。



「もしかして、支配魔法……?」



 そうだ、皇帝の支配魔法なら彼の思考などいとも簡単に洗脳できてしまう。

 僕がそれを、一番によくわかっているはずだ。


 アルフォンスを責めるのは間違っているのかもしれない。


 そう思って、振り返るとアルフォンスは少し眉を寄せて僕を見ていた。



「私の主はあの時から変わらず、貴方様です」


「じゃあ、どうして?」



 どうして、こんなことをしたのか?

 アルフォンスはいつも、僕の味方ではなかったのか?

 どうして、僕のことをいつものように、名前で呼んでくれないのか?


 アルフォンスは目を逸らすと、何かに耐えるように沈黙した。



「私が陛下の支配魔法を受けているのかは、私にはわかりません。

 ただ、陛下の命令は絶対だとしか……

 それに護衛騎士としての責任と問われ、家族が幽閉されているのです」



 僕の息を呑む音が、部屋に響いた。


 私のためにも――あれはアルフォンスの本心から漏れ出したSOSだったのだ。



 僕は顔を歪めて、歯を食いしばった。

 皇帝の支配魔法に洗脳されているばかりか、家族まで人質に取られている。

 それを彼は誰かに助けを求めることも出来ず、支配によって理不尽な状況に抗うことも出来ない。



「わかった」



 近くから、よく知る波動が体に伝わってきている。

 この波動は……



「僕が終わらせる」



 アルフォンスを真っ向から見つめ、そう言った時だった。


 部屋の扉が激しい音を立てて、蹴破られた。

 その先には――コートから水を滴らせ、フードで顔を隠した男がいた。


 男の右手には細身の片手剣。

 雨でびしょっりと濡れたフードを静かに剥がされる。



「ここにいたか」


「エーレ」



 あの波動は、やっぱり彼だったのだ。


 エーレは静かな怒りを孕んだ瞳で、こちらを見据えていた。

 アルフォンスは咄嗟に、僕の側へやってきていた。



「これだけ暴れりゃ、あとで()()()()()()()だろうな。

 さっさとそいつを返せ」



 エーレの持つ片手剣が揺らめいた。

 アルフォンスは腰に下げた剣を抜いて、エーレに向ける。



「殿下をお前のような輩に渡せるものか」


「それはお前が決めることじゃない。

 そいつは、俺たちが預かっていく」



 エーレが一歩前に出た時、扉からダリウスとリディアが、騎士を引きつれて入ってきた。

 六名の騎士はエーレを取り囲むと、剣先を向ける。



「剣を捨てて、投降しろ! その場に跪け!」



 ダリウスが威嚇するように喚いた。

 エーレは彼らを一瞥することもなく、静かに瞑目した。



「これ以上、俺を怒らせんじゃねえ」



 低く唸るように響いた言葉と共に、エーレから膨大な生命力の波動を溢れだした。

 それを察知した騎士たちが剣を振るうよりも早く、エーレの周りに床から炎が噴き出す。


 騎士たちはその一瞬で咄嗟に魔法を展開させて防御した。



 その間にも炎は勢いを増し、天井に到達する――直前だった。



 激しく軽やかな音をが先。次に炎だったものは一瞬にして凍っていた。



 それに誘われるようにして似たような音を立てて、防御の結界が砕け散っていた。


 間を置かず、どこからともなく激しい雷が騎士たちの体を貫き、天に伸びる氷柱を砕いた。



 雷が空を裂く悲鳴のような音と氷の砕ける甲高い音、そして宙に輝いた青い光。

 その中で、騎士たちは悲鳴もなく崩れ落ちた。



 時間にして一分もないだろう間につけられた決着。


 圧倒的な強者――僕は声が出なかった。

 彼が、これほどの魔法を使うところを、初めて見たからだ。



「覚えとけ。俺を跪かせることが出来るのは、この世に二人しかいない」



 いつしかエーレの周りに深淵から誘われたような、漆黒の霧が漂っていた。



 闇の魔法――

 それは部屋を一瞬にして、この世ならざる空間へと繋げたような……異様な空気がこの場を支配した。

 不思議と恐怖は感じなかった。僕はそれを見てこう思った。



 美しい、闇を背に従えたエーレが美しい――



「や、闇の魔法……」



 隣でアルフォンスが驚愕と恐怖に声を震わせた。

 そして震えた手で、僕を背後から抑え込み、刃を首元に突き付けてきた。






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