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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
2章

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その剣は過去の名を帯びて

 




 気が付いた時には、整備された街道を通る、馬車に揺られていた。

 いつの間にか手錠は外されていて、体調は回復していた。

 けれど、心を巣くう絶望は消えてはおらず、どんどん僕の体を蝕んでいっているみたいだった。


 湖上都市(フィレンツィア)から要塞都市(ガルダイン)まで、馬車で10日。

 舗装されたこの道を通るのなら、もう少し早いのかもしれない。



 揺られ続けて、4日目。

 その間、何度もアルフォンスが話しかけてきたけど、僕はそれに答えなかった。

 信頼していた護衛騎士に裏切られたというショックと、これから起こりうるあらゆる可能性を想像して、心は疲弊しきっていた。


 何も聞きたくないし、何も考えたくない――もう何も信じられない。

 エーレたちは無事だろうか。ただそれだけが、気になっていた。

 手半剣も魔鉱石のアクセサリーも没収されていた。

 捨てられてしまったのだろうか――



「殿下、もう4日目です。少しは何か、お召し上がりになってください」



 水とパンを持ったアルフォンスが、心配そうな表情で、僕を覗き込んできた。

 お腹は空いている。けれど、食欲がない。

 食べるのが億劫だ。噛むのすら、面倒くさい。

 僕は小さく、首を振った。



「殿下、申し訳ありません。私のことはいくらでも、罵って怒りをぶつけてくださって構いません。

 なのでどうか、少しでもお召し上がりください。

 このままでは、お体が持ちません」


「僕に死なれたら、困るだけでしょ」



 4日ぶりに話すと、声がうまく出なかった。

 自分でもびっくりするくらいに抑揚のない声が、どこか遠くから聞こえたような感覚だった。



「それは違います。城に戻られても、以前のようなことはありません。

 必ず、私がそうして見せます。ですから……」



 懇願にも、似た声色。本当に心配しているような、悲痛な表情。

 けれどそれも、遠くから膜一枚隔てて見ているようで、僕の心には響かなかった。



「何もしないから、僕の持ち物を返して」



 彼らと共にいたという証を、この手に持っておきたかった。

 それがあれば、どうにか自分を支えられる気がした。

 アルフォンスが戸惑いを浮かべた表情をして、僕の後ろのカーテンを見た。


 カーテンで仕切られた奥には、もう一つ個室がある。

 そこには、護衛騎士の男性――ダリウスと隣の女性――リディアがいる。



「いいんじゃないでしょうか。

 殿下もお辛いと思います。何もしないと仰るのであれば……」



 後ろからリディアの声がして、カーテンの隙間から僕の鞄が渡された。

 中を開けると、小さな財布が一つ。

 魔鉱石のブレスレットとペンダント。

 そして、手半剣――


 数日見なかっただけなのに、とても懐かしい気持ちになった。

 同時に、3人の顔が浮かぶ。

 無意識に、手半剣の鞘を撫でていた。


 結局、エーレに剣の稽古つけてもらえなかったな……

 魔法の練習ももっとしたかったし、古代言語だって習得したかった。

 また、あの鳥かごのような城の中で暮らすのなら、もうこれはいらないのかもしれない。

 けれど、手放したくはなかった。



「殿下」



 アルフォンスはそう言って、水とパンを差し出してきた。

 僕が皇太子として立派に生きることが出来れば、またいつか彼らと会えるだろうか。

 例えそれが、敵としてだとしても――

 僕は水とパンを受け取ると、4日ぶりの食事をした。








 6日目。

 城塞都市(ガルダイン)が近くなるにつれ、村が点在していた。

 宿に1室に泊まることになって、アルフォンス率いる護衛は、交代で1人ずつ在室することになった。


 食事を済ませて、アルフォンスがハーブティーを淹れてくれる。

 そういえば、レネウスに着いた時に、シュトルツが淹れてきてくれたっけ。

 黄金色に揺れる液体を見ながら、そんなことを思い出していた。


 あれから、僕の持ち物は僕が持ち歩けるようにしてくれた。

 それを持っていると、ほんの少しだけ救われた気分になったからだ。

 ハーブティーを飲みながら、僕はキャビネットに立てかけられた、手半剣を見ていた。



「殿下」



 僕の視線を追っていたアルフォンスが呼びかけてきた。



「あの片手剣ですが、どこで手に入れたのですか?」


「どうして?」


「少し拝見させていただきました。あの剣の剣身には、鷲の文様が刻まれてあったと思います」



 そういえば、そうだった。

 剣身の上部に、精密な鷲の文様――

 シュトルツが持つ両手剣にも、同じものがあった。



「あれは、グライフェン家の家紋です」


「グライフェン?」



 どこかで聞いたことのある名前だった。

 あの鷲の文様もどこかで―――



「エーベルシュタイン王国のグライフェン家と言えば、王家の剣として名高い伯爵家です」



 ――王国の王家の剣?

 そんな貴族の家紋が、刻まれた剣。

 どうして、そんなものをシュトルツが……



 僕は驚きのあまり、手半剣とアルフォンスに視線を交互させた。

 そして剣を取りに行き、鞘から抜いてみる。

 立派な翼を広げた、鷲の文様――

 どこかで見たことがあると思ったら、城での歴史の授業の時に見たことがあったのだ。



「これは、ただのもらい物で……」



 シュトルツの出自が、グライフェン家?

 それか、シュトルツも他の誰かから、もらったものなのかもしれない。



「そうですか。深くは詮索しておかないでおきます。

 私が個人的に気になっただけなので……」



 アルフォンスの配慮に、僕はホッと胸を撫でおろした。



「グライフェン家の人って、そんなにすごいの?」



 けれど、自然と疑問が口から飛び出ていた。



「あの伯爵家は、王家に忠実な騎士の家系です。

 王家を守るための剣を磨き上げるので、流派が独特だとか……

 その継承者は基本的に、グライフェン家に縁のある者だけだと聞きます」




 ――まぁ、俺の流派が独特なのもあって、王国じゃわかる人がみると面倒くさそうだから、使わないようにしてるだけなんだけど――




 シュトルツが、両手剣を使わなかった理由。

 彼はもしかしたら、本当にグライフェン家の者か、その縁者なのかもしれない。


 けれどもう、今になっては、それを確かめる術はなかった。







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