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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
2章

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その手を縛るもの

 



 エーレたちが、部屋にいてくれればいい。

 なら行かなくて済むし、その時に打ち明けよう――

 どこかでそう思っていたのに、こういう時に限って、彼らは全員どこかに行ってしまって、部屋にはいなかった。


 僕は覚悟を決めて、手半剣を腰に下げ、隠蔽と結界の魔鉱石を確認した。

 指定された宿に着いたのは、丁度日付が変わった頃だった。



「お待ちしておりました」



 宿の前では、アルフォンスが待っていた。

 彼は、宿の一室へ向かい、僕に椅子に勧めると、ハーブティーを出してくれた。



「ご決断はなさいましたか」



 アルフォンスは座ることなく、僕の前に立ったまま尋ねてきた。



「私のためにもって言いましたよね。どういうことか、説明してください。

 僕を逃がしたことで、責任を問われたんでしょう?」



 アルフォンスと目を合わせることが怖くて、カップの中で揺れる黄金色を見ていた。



「失言でした。お気になさらないでください」



 いつもの僕は、ここで引き下がってしまう。

 食い下がった時に稀にある、人の隠しきれていない、嫌悪の表情を見るのが怖いからだ。


 それでも……



「説明してくれないと、決められません」



 勇気を出して、顔を上げた。

 アルフォンスと目が合うと、彼は眉尻を下げて、緩やかに首を振るだけだった。



「殿下には、関わりのないことです」



 もし、アルフォンスの命がかかっていたとしたら――

 それを聞いたら、僕は帰るというのだろうか?



 ふと、そんな思考が頭に過った。



「僕は帰りたくない」



 口から、自然とその答えが出た。



「どうしてもですか?

 殿下と行動を共にしていた、彼らとこのまま逃げるとおっしゃるのですか?」


「僕は……」


「それが、可能だとお思いなのですか? 陛下から逃げ切れると」



 僕は、沈黙するしかなかった。

 エーレたちとなら逃げられると。そして、立ち向かえると思っていた。

 けれどアルフォンスを前にして、忘れようとしていた、皇帝の記憶が呼び覚まされる。


 逃げ切るのも、立ち向かうのも、不可能なことだ。 もう一人の僕が言っている。


 従順であれと、従えと――



 僕は歯を食いしばった。

 奥歯が大きく音を鳴らす。それが、過去の恐怖に呑まれそうだった僕を現実に引き戻した。



「それでも、僕は行かない。彼らと一緒に行くと約束したんだ。

 譲ることはできない。だから、諦めてほしい。

 僕じゃないくてもいいんでしょ? 僕の代わりは、沢山いるんだから」



 監禁された兄妹たち。

 僕がいたから失敗作と呼ばれ、迫害を受けてきた彼ら。

 皇帝の子供であることは、変わらないのに――


 一歩間違えれば、僕のあの中の一人だったんだ。

 それは、帰ったとしても変わらない。僕より優れた子供がもし生まれたら、僕は彼らの仲間入りになる可能性だってある。


 僕の道は、僕で選びとるしかない。



「僕はもう自分で、自分の生き方を決める。

 支配され、決められた轍を進みたくない」



 風もないのに、どこかから、風が舞い上がった気がした。

 その風が、僕の髪を小さく揺らす。


 アルフォンスを見ると、僅かに目を見開いたあと、悲しそうに眉を寄せた。



「そうですか。残念です」



 そう言って、彼は僕の隣を通り過ぎていく――その時だった。

 ガチャンという耳障りな音と共に、手首にひんやりとした感触が伝わってきた。


 同時に、視界が大きく揺れた。



「なっ……」



 手首を見ると、そこには何度か見たことのあるイグリシウムの手錠。



「どういうことですか!」



 思わず立ち上がろうとしたが、酷い眩暈を感じて、足元から崩れ落ちた。

 体内の生命力(リーファ)が停滞して、息苦しい。



「皇帝陛下より、説得に応じない場合、無理やりにでも連れ戻せとの命を受けています」



 頭に冷水をかけられたような、衝撃がした。


 油断していた。

 アルフォンスなら、僕を傷つけることはないと――


 そこに扉が開かれて、よく知っている顔が2人現れた。

 僕の護衛騎士だ。



「くるな!」



 咄嗟に手半剣を抜いて、威嚇する。

 そのままどうにか立ち上がって、壁まで後退した。



「殿下、おやめください。私たち相手に、剣では勝てません」



 全く動じてないアルフォンスが、数歩詰め寄ってくる。

 このまま来られたら、歯が立たない。

 そう思ったのと同時に、剣を自分の首筋に当てていた。



「それ以上くるな。僕に死なれたら困るんだろ」



 アルフォンスの足が、ピタリと止まる。



 時間を稼がないと――

 僕がいないことに気づいてくれたら、リーベかシュトルツが来てくれるはずだ。

 この距離なら……彼らならきっと、魔鉱石に込められた微細な生命力(リーファ)を辿ってこれる。



「こんなことをする皇帝を僕はもう信じられない!  帰るわけにはいかない!」


「落ち着いてください」



 アルフォンスが、そっと手を伸ばしてくる。



「来ないで!」



 強く押しつけた刃が、少し僕の首の皮膚を破った感触があった。

 動揺と恐怖で、痛みは感じない。


 ちらり、と部屋にかけられてあった時計を見る。

 まだ少ししか、時間は経っていない。

 どうやってこの場を凌いだら、いいのかわからなかった。



「殿下、彼らの助けを待っているのなら無駄です」



 僕の視線から察したらしい、アルフォンスが強く言う。その言葉には、確信めいたものがあった。



「それはどういう……」


「今ごろ、彼らは皇室直属の隠密部隊と対峙しているはずです」


「話が違うじゃないか! 最初から、このつもりだったのか!」



 アルフォンスが再び、一歩詰め寄ってきた。



「剣を捨ててください。彼らの処遇は殿下、貴方様の行動で決まります。

 ご理解いただけますね?」



 エーレたちが、負けるわけがない。

 けれど、隠密部隊は精鋭中の精鋭の集まりだ。もし……



「一つ、約束してください。彼らにこれ以上、手を出さないって」


「わかりました。撤収命令を出しておきます」



 僕は一度瞑目して、息を吐き出し、ゆっくりと剣を下ろした。

 それを確認したアルフォンスは、すぐ前まで来ると、そっと僕の手から、剣を取り上げた。



「賢明なご判断です。行きましょう、殿下」



 アルフォンスのその言葉を最後に、僕は立っていられないほどの眩暈と倦怠感を感じて、意識を手放した。








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成長/革命/復讐/残酷/皇族/王族/主従/加護/権能/回帰/ダーク/異世界ファンタジー
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