空白の時間
湖上都市フィレンツィアで買い物帰りに魔鉱商により、不思議な老婆に蒼環石をもらったルシウス。
彼は宿へ戻る道で、皇太子護衛騎士隊長アルフォンスに呼び止められる。
アルフォンスはルシウスを迎えにきたと言った。
エーレたちカロンを皇太子拉致容疑として、捕縛命令が出されている。彼らを大切に思うなら、ルシウスが身を引くべきだと告げた。
宿に戻って、ベッドに体を投げ出し、天井を見ていた。
部屋には、シュトルツがいるだけだ。彼は先ほどから、いつものように、やたら喋りかけてきていた。
武器屋の主人と言い合いになっただとか、フィレンツィアの女性は、綺麗な人が多いだとか――そんなどうでもいいことばかりだ。
シュトルツに、勘づかれている様子はない。
僕が、適当に相槌を打っていると「体調でも悪いの?」と聞いてきた。
「慣れない買い物で、疲れたんですよ」
事実だったので、思ったよりすんなり誤魔化すことが出来た。
「そういや、何買ったの?」
「夏服と下着と……あ、アリレオ・シアの新刊出てたので、それも買いました」
僕が答えたのと同時に、部屋の扉が開かれ、エーレとリーベが珍しく、一緒に戻ってきた。
シュトルツが「おかえり」と、声をかけたのにも答えず、エーレはすぐに僕の隣へ歩み寄ってくる。
迷いのないそれに、何か勘づかれたと思って、咄嗟に体を起こした。
「おい」
「な、なんですか」
ベッドの隣まで来ると、エーレが眉間に皺を寄せて僕を見る。
その視線が、ベッドへと移った。
「それ、どこで手に入れた?」
「え?」
その視線の先には、ベッドに放り投げていた僕の鞄があった。
鞄から、本を取り出して見せる。
「それも気にはなるが、それじゃない」
あ、気にはなるんだ……と思いながらも、どのことを言われているのか、わからず首を傾げた。
「よこせ」
言うが早いか、彼は僕から鞄を取り上げる。
中から取り出したのは、蒼環石の入った革袋だった。
エーレが、中から鉱石を取り出す。
「あ、すっかり忘れてました。魔鉱商があって……」
「それ、ルシウスが買って来たの? 高かったんじゃない?」
エーレの隣にやってきたシュトルツが、蒼環石をまじまじと見ながら尋ねてきた。
「いやなんか……どういうわけか、くれたんですよね。
なんかこう、ただものではない感じのおばあさんだったんですけど」
自然と、僕とシュトルツの視線が、エーレに集まった。
そこに、リーベまでやってくる。
「随分と上等な蒼環石だな」
「僕に合う石が、それらしいんです。闇の魔鉱石が入った眼鏡を持ってて……」
3人が珍しく興味津々の様子を見て、説明を加えると、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、シュトルツとリーベの表情か、微かに揺れた気がした。
「わかった、もういい」
エーレは、蒼環石を革袋に戻すと、鞄ごと僕の方へ放り投げた。
「上等な石だ。大切に使え」
「え、はい。何かあったんじゃないんですか?」
「お前が、気にするようなことじゃない。これ借りるぞ」
いつの間にか、エーレの手には、しっかりアリレオ・シアの新刊が握られてあった。
「あ、僕まだ読んでないのに!」
「お前が読み終わるを待ってると、いつのなるかわからんだろ」
「それはそうですけど。人に借りるなら、もう少し言い方ってものが!」
そう訴えるとエーレが眉を寄せた。
「あ、いや。もういいです」
彼ならすぐに読み終えるはずだし、怖いし、もういいや。
僕はそう諦めて、再びベッドに寝転がった。
――私のためにも、賢明なご判断をお願いします――
城を抜け出すとき、手を貸してくれたのは、アルフォンスだ。
皇太子の護衛騎士隊長。
そんな彼が、護衛すべき皇太子の逃げ出す、ほう助をした。
例えそれがバレていなかったとしても、護衛としての責任からは逃れられない。
あの時の僕には、そんな考えはなかった。
自分のことしか考えていなかった。
もし彼が何か責任を問われて、ここまで迎えに来たのだとしたら……
連れて帰らなければ、殺されるとか?
皇帝なら、平気でやりそうだ。
アルフォンスとのやりとりが、頭の中を駆け巡る。
彼が最後に渡してきた紙には、場所が書かれてあった。
この宿をまっすぐ行った先の――フィレンツィアの外門近くの宿だった。
僕たちがこの街に入ってきた門とは真逆にあるもう一つの門。
ここから歩くと、しばらくかかる。
アルテミスの時、第一刻(午前0時)――その時刻に、エーレたちが眠っているという保証もない。
気が付けば、大きなため息が出ていた。
エーレたちを拉致容疑で捕縛命令を下した皇帝。
彼らなら、逃げられるのではないかと思う。
けれど、神の制約がある。本当に逃げられるのだろうか?
追われることで、彼らの目的の障害になってしまう可能性だってある。
帰りたくない。それは本心だ。
それでも……彼らのことを思うなら、僕はここで身を引くべきなのではないか。
僕がいなくても、彼らは目的を果たすために、違う手段を選ぶだろう。
それを僕が皇太子として、密かに後押しすることが出来たら……
そこまで考えて、やめた。
そんなの到底無理な話だ。
皇帝が、僕の意思を最大限尊重する?
そんなの、僕を連れ戻すための甘い嘘に決まっている。
それでも、それをどこか信じたい僕もいた。
とりあえず、もう一度話し合うしかない。
アルフォンスの言っていた「私のためにも」の意味も、問いたださないといけない。
僕の護衛騎士として、幼いころからずっと側にいてくれた彼だ。
冷静に話し合えば、妥協策が出る可能性だってある。
僕はそう決心して、時間を待った。
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