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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
2章

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空白の時間

湖上都市フィレンツィアで買い物帰りに魔鉱商により、不思議な老婆に蒼環石をもらったルシウス。

彼は宿へ戻る道で、皇太子護衛騎士隊長アルフォンスに呼び止められる。

アルフォンスはルシウスを迎えにきたと言った。

エーレたちカロンを皇太子拉致容疑として、捕縛命令が出されている。彼らを大切に思うなら、ルシウスが身を引くべきだと告げた。

 


 宿に戻って、ベッドに体を投げ出し、天井を見ていた。


 部屋には、シュトルツがいるだけだ。彼は先ほどから、いつものように、やたら喋りかけてきていた。

 武器屋の主人と言い合いになっただとか、フィレンツィアの女性は、綺麗な人が多いだとか――そんなどうでもいいことばかりだ。


 シュトルツに、勘づかれている様子はない。

 僕が、適当に相槌を打っていると「体調でも悪いの?」と聞いてきた。



「慣れない買い物で、疲れたんですよ」



 事実だったので、思ったよりすんなり誤魔化すことが出来た。



「そういや、何買ったの?」


「夏服と下着と……あ、アリレオ・シアの新刊出てたので、それも買いました」



 僕が答えたのと同時に、部屋の扉が開かれ、エーレとリーベが珍しく、一緒に戻ってきた。

 シュトルツが「おかえり」と、声をかけたのにも答えず、エーレはすぐに僕の隣へ歩み寄ってくる。

 迷いのないそれに、何か勘づかれたと思って、咄嗟に体を起こした。



「おい」


「な、なんですか」



 ベッドの隣まで来ると、エーレが眉間に皺を寄せて僕を見る。

 その視線が、ベッドへと移った。



「それ、どこで手に入れた?」


「え?」



 その視線の先には、ベッドに放り投げていた僕の鞄があった。

 鞄から、本を取り出して見せる。



「それも気にはなるが、それじゃない」



 あ、気にはなるんだ……と思いながらも、どのことを言われているのか、わからず首を傾げた。



「よこせ」



 言うが早いか、彼は僕から鞄を取り上げる。

 中から取り出したのは、蒼環石(ラリマー)の入った革袋だった。

 エーレが、中から鉱石を取り出す。



「あ、すっかり忘れてました。魔鉱商があって……」


「それ、ルシウスが買って来たの? 高かったんじゃない?」



 エーレの隣にやってきたシュトルツが、蒼環石(ラリマー)をまじまじと見ながら尋ねてきた。



「いやなんか……どういうわけか、くれたんですよね。

 なんかこう、ただものではない感じのおばあさんだったんですけど」



 自然と、僕とシュトルツの視線が、エーレに集まった。

 そこに、リーベまでやってくる。



「随分と上等な蒼環石(ラリマー)だな」


「僕に合う石が、それらしいんです。闇の魔鉱石が入った眼鏡を持ってて……」



 3人が珍しく興味津々の様子を見て、説明を加えると、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、シュトルツとリーベの表情か、微かに揺れた気がした。



「わかった、もういい」



 エーレは、蒼環石(ラリマー)を革袋に戻すと、鞄ごと僕の方へ放り投げた。



「上等な石だ。大切に使え」


「え、はい。何かあったんじゃないんですか?」


「お前が、気にするようなことじゃない。これ借りるぞ」



 いつの間にか、エーレの手には、しっかりアリレオ・シアの新刊が握られてあった。



「あ、僕まだ読んでないのに!」


「お前が読み終わるを待ってると、いつのなるかわからんだろ」


「それはそうですけど。人に借りるなら、もう少し言い方ってものが!」



 そう訴えるとエーレが眉を寄せた。



「あ、いや。もういいです」



 彼ならすぐに読み終えるはずだし、怖いし、もういいや。

 僕はそう諦めて、再びベッドに寝転がった。










 ――私のためにも、賢明なご判断をお願いします――



 城を抜け出すとき、手を貸してくれたのは、アルフォンスだ。

 皇太子の護衛騎士隊長。

 そんな彼が、護衛すべき皇太子の逃げ出す、ほう助をした。


 例えそれがバレていなかったとしても、護衛としての責任からは逃れられない。

 あの時の僕には、そんな考えはなかった。

 自分のことしか考えていなかった。


 もし彼が何か責任を問われて、ここまで迎えに来たのだとしたら……

 連れて帰らなければ、殺されるとか?

 皇帝なら、平気でやりそうだ。



 アルフォンスとのやりとりが、頭の中を駆け巡る。

 彼が最後に渡してきた紙には、場所が書かれてあった。


 この宿をまっすぐ行った先の――フィレンツィアの外門近くの宿だった。

 僕たちがこの街に入ってきた門とは真逆にあるもう一つの門。

 ここから歩くと、しばらくかかる。



 アルテミスの時、第一刻(午前0時)――その時刻に、エーレたちが眠っているという保証もない。


 気が付けば、大きなため息が出ていた。

 エーレたちを拉致容疑で捕縛命令を下した皇帝。

 彼らなら、逃げられるのではないかと思う。

 けれど、神の制約がある。本当に逃げられるのだろうか?


 追われることで、彼らの目的の障害になってしまう可能性だってある。

 帰りたくない。それは本心だ。

 それでも……彼らのことを思うなら、僕はここで身を引くべきなのではないか。


 僕がいなくても、彼らは目的を果たすために、違う手段を選ぶだろう。

 それを僕が皇太子として、密かに後押しすることが出来たら……



 そこまで考えて、やめた。

 そんなの到底無理な話だ。


 皇帝が、僕の意思を最大限尊重する?

 そんなの、僕を連れ戻すための甘い嘘に決まっている。


 それでも、それをどこか信じたい僕もいた。

 とりあえず、もう一度話し合うしかない。

 アルフォンスの言っていた「私のためにも」の意味も、問いたださないといけない。


 僕の護衛騎士として、幼いころからずっと側にいてくれた彼だ。

 冷静に話し合えば、妥協策が出る可能性だってある。


 僕はそう決心して、時間を待った。








読んでいただきありがとうございます!

少しずつ、ブクマや感想、リアクション、レビューなどが増えてきて、とても嬉しいです!

気軽に反応していただけたら励みになります!

2章が終わったら、活動報告にイメージAIイラストを載せたいと思っています!

これからもお付き合いいただけたら、と感謝を込めて。

ありがとうございます。

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