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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
2章

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夜に落ちる

 


 とっくに剣の手入れは終わって、陽は傾きだしていた。


 僕とシュトルツは、退屈していた。



 二人で少し観光に行こうと用意していると、ノートに視線を下げたままのエーレが、


「話があるから部屋にいろ」と声だけ、投げてきたためである。

 


 話があるなら、その勉強なのか研究なのか、よくわからないことを一旦、切り上げて先に話してほしかった。


 けれど水を差して、エーレの機嫌を損ねるのも、それはそれで面倒だった。



「あー、ひまだなー」



 ベッドの上に大の字で、寝転がるシュトルツが声を上げた。

 彼の正面にあるベッドの上に座り、僕はそんな彼を眺めていた。



 僕だって退屈だ。

 せっかく観光地にいるのに、観光にも行けずにこうして、無駄に時間を潰しているなんて。



「あー、退屈すぎて溶けるぅ~」



 ジッとしてられない性分の彼は、寝転がりながらも、口を閉じることはない。


 そんな彼の非生産的な、愚痴とも文句ともつかない声を聞くのに飽きてきて、床で筋トレでもしようと思い立った。



 その時、「あ。そうそう!」とシュトルツは、突然勢いよく上体を起こした。



「ヴェリタス湖行ってきたんでしょ? 伝説見た?」


「未来が映るってやつですよね? それが、どうしたんですか?」



 まさか彼は、伝説を信じているんだろうか?



 リーベは、あながち嘘ではないとは言っていたものの、あまりにも非科学的で信じるには信ぴょう性が乏しい。

 もし本当なら、他にも実話として、噂が立っていてもおかしくないのだ。



 「それがさ」 シュトルツが、僕のベッドへ飛び乗ってきた。



「あの伝説には、もう一つの言い伝えがあるらしいんだよ」



 と僕の隣で、声を潜めて言う。


 嫌な予感がして、やたら距離の近い彼に、目だけで視線を送った。

 ニヤニヤと物知り顔で、彼は続ける。



「本当はさ、その男性が好きな女の人は昔に死んでいて、湖に映った彼女を追って、湖に飛び込んだって話もある。それは精霊の罠で、そのまま引きずり込まれたとか……

 それから、新月の夜のヴェリタス湖には、夜な夜なその彼女を探し求める男性が……」



 不気味に潜めた声が耳元で繰り出される。それはもう伝説とは呼べない怪談だった。


 美しく神秘的なヴェリタス湖が、暗闇の中に男の亡霊が佇む不気味なイメージへと塗り替えられていくのを感じた。



「誰から聞いたんですか、そんな話。

 どう考えても、素人の考えた作り話でしょう」



 あまりにもありきたりな怪談に、僕はそうであってほしいとの願いを込めて批判した。


 そんな僕の気持ちを察したように、僕の顔を見てニヤニヤし続ける男。



「びびった?」


「僕はそんなので怖がるほど子供じゃないです! 人をからかうのも、いい加減にしてください」



 少し強めに言い放つと、彼は肩を竦めて立ち上がった。


 そのまま扉の方へ、向かっていく彼の背を見て、気分でも害してしまっただろうか? と、一瞬不安に駆られた。


 しかし彼が扉を開けると、そこには今まさにノックをしようとしていたらしい――イレーネの姿があった。


 ノックより先に扉が開かれたせいか、彼女が短い悲鳴を上げた。



「あの……ミレイユ様が、エーレ様をお話しがあると……」



 イレーネの声は、初めて聞いたかもしれない。

 随分とか細く、弱弱しい声色だった。



「だってさ、エーレさん」



 呼ばれたエーレは本を閉じて、すぐに立ち上がる。



「丁度、俺もあいつに話があったところだ。お前らはここで待機しとけ」



 それだけ言ったエーレはイレーネを伴い、部屋を出て行った。



 あんなに切り替えが早いなら、もっと早くに話とやらを教えてもらっておいてもよかったかもしれない。


 それを見送ったリーベは、少しだけ名残惜しそうにしながらも本とノートを片付けていく。

 シュトルツはそのまま僕の方へと戻ってきた。



「どうして、イレーネさんがいるのがわかったんですか?」


「ん? 二人も気づいてたと思うけど」 彼は僕の隣に座って、そのまま上体だけ倒した。


「まぁ、なんていうか。こうやって生きてたら、人の気配には敏感になるもんなのよ」



 陽が落ちてきても、外からの喧騒は止まない。


 そんな中で、どんな生き方をしてたら、扉の先の人の気配に気づけるんだろう。

 僕の想像を絶する人生が、彼らにあったこと以外は何もわからなかった。



「さっきの話の続きなんだけどさー」


「もう、その怪談話はいいですって」



 当たり前のように話を戻そうとする彼が、これ以上言い始める前に、どうしても食い止めたかった。


 美しいヴェリタス湖を見るたびに、三流の怪談話を思い出す羽目になるのは避けたい。



「伝説はこうじゃん? 未来を知り、これから先をどう歩むかを見つける試練、みたいな。

 でもこっちはさ、少し違ってって話なんだけど?」



 構わず続けた彼は、僕の顔をジッと見つめた。


 思ったよりまともな話だったのと、続きは少し気になる。

 僕は何も言わずに、その続きを待った。



「資格のないものが未来を垣間見ようとすると、精霊たちが怒って引きずり込むって話らしいんだよねぇ」


「資格?」



 湖で未来を見ようとすることに資格がいるなら、大半の人が引きずりこまれてしまいそうだ。



「まぁ、どっちも伝説だし。もし本当に本当だったとしても、資格なんて精霊の物差しだから俺たちにはわかんないけど」



 そう言って再び、シュトルツは勢いよく立ち上がって扉の方を見る。

 それと同時に、エーレが扉を開けて戻ってきた。


 つられてそちらを見ると、エーレの顔は先ほどとは中身が別人なのではないかというほど、不機嫌さを宿していた。



 ――ああ……穏やかな一日は、もう終わりだ。



「話がある、座れ」



 エーレの低く響いた声に、僕はそんな諦めを感じて、彼の指示に大人しく従った。








 ◇◇◇








 聞きなれない、耳の奥にへばりつく鈍い断裂音。

 すぐそこまで飛んできた、赤い赤い、軽やかな死の気配。


 怒号も悲鳴もない。息を呑む音だけが、はっきり聞こえてきた。



『’’失敗作’’は必要ない。光の本質を持つものは、聖国へ売り渡せ。それ以外は処分しろ』



 機械的で、感情の籠らない皇帝の声が、暗くてジメジメした地下に響いた。

 遠ざかっていく支配と恐怖の影。


 堰を切ったように、狭い暗い世界に溢れた悲鳴は、鼓膜を突き破り、脳を刺した。










 眠れない。



 一度は寝入ったけれど、いつもの悪夢に叩き起こされてから、もう一度、寝つくことが出来なくなっていた。

 数か月前の嫌な記憶が思考を支配して、どんどん目が冴えていくようだ。



 城を飛び出す前に見た――僕の兄妹たちの憎しみと殺意が、昨日のことのように思い出された。

 その時まで存在すら知らなかった、半分血を分けた兄弟たち。




 僕が’’成功作’’で、彼らが’’失敗作’’

 失敗作の彼らは牢獄の中で、存在を隠蔽されて生きていた。



 ――お前は私の唯一無二だ――



 父上のそんな言葉が、どこかから聞こえたような気がした。


 兄妹が泣き叫ぶ声、血しぶきが飛び散る音。

 そんなものが悪夢で繰り返されて、いつしか僕の心は疲弊しきっていた。



 ――夢は夢でしかない――



 そう言ったエーレ。

 そう割り切れてしまえば、少しは楽になるかもしれないのに。






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