まだ、知らない
街の中心部は展望台から見た以上に、賑わいを見せていた。
景観の問題上か、レネウスのように屋台はなかったため、僕たちは一件のレストランに入って食事を済ませた。
店を出た先で、シュトルツと鉢合わせた。
「二人で観光とか、ずるくない?」
僕たちを見た第一声がそれだ。勝手にいなくなったのは、シュトルツだというのに。
「何か買い出しですか?」
彼の両手には、紙袋が下げられてあった。
「そろそろ暑くなるじゃん? だから新しい服と、他に必要なものを色々と、エーレさんのお遣いと……」
彼は、紙袋の中身を開けて見せてきた。
そこには、夏物の服とこれからの道中に必要な必需品、そしてエーレに頼まれたのだろう、本が数冊入っていた。
「書店か、私も寄ってみるか」
「リーベが好きそうなのは、あんまりなかったけどなぁ」
リーベの呟きに、シュトルツが首を振った。
「リーベって、どんな本読むんですか?」
彼らはよく、エーレの本を借りているところを見かける。
読んでいるのは常に小説だから、どんなジャンルの小説なのか。そういう意図の質問だった。
「そうだな、精霊同調論は網羅したから、精霊力学論、生命力転移過程や属性間相互干渉についての論文。あとは共鳴周波数と磁場の相関性も読みたいと思っている」
理解しようとすら思わない単語の羅列に思考が停止した。
すぐに反応しようと思って開けた口のまま、呆気にとられてしまう。
「それに」と、まだ続けようとするリーベに、僕は思わずシュトルツを見た。
正直、何を言っているのかわからない。
「こいつ、理論書や論文オタクでね。俺はさっぱりわかんないんだけど。そもそも俺、本嫌いだし。
リーベ。とりあえず、そういう専門書はなかったって」
シュトルツがそう言って、ようやくリーベはハッと我にかえった様子だった。
「そもそも、理論書とか俺たちにいらなくね?」
僕はシュトルツの言葉に頷いてしまう。彼らは理論書なんて読まなくても、十分に強いのだ。
「実際に魔法を使うのと、理論で知るとでは全く別問題なんだ」
反駁したリーベ。どうやら、彼はよほど理論が好きらしい。
「本なんて読まなくても、そこらへんエーレさんが知ってるじゃん」
「え? でもエーレって、小説しか読んでないですよね?」
当たり前のように言ったシュトルツに、僕は首を傾げる。
エーレが難しい学問書を開いているところなんて、見たことがない。
「え? エーレさんって、天才なのよ?
あの人、もう読むものがないから小説読んでるだけなのよ」
天才? たしかに、エーレは何かも知っているように見える時がある。
僕の知らないことは、なんでも知っているし、シュトルツとリーベが彼の選択を尊重し従うのだから、それ相応の知識と判断力があるとは思ってはいた。
だが、まさか大陸に数多ある学問書を網羅したとでもいうのか……?
それでもう、取り入れる知識がないから、仕方なく小説を読んでいると……?
僕は疑いの目で、シュトルツを見た。
「嘘と思うなら、今度試しに聞いてみたらいいよ。リーベもついでに、教えてもらえばいいじゃん」
「エーレがわざわざ既知の知識を、私に一から教えてくれると思うか?」
リーベの声は、いつも以上に低く響いた。
僕もシュトルツも、彼の言葉にフォローの一つも言えずに、沈黙するしかなかった。
エーレなら絶対にこう言う。
「面倒だから、自分で本を読め」と。
その後、結局リーベは書店に向かい、僕とシュトルツは宿に戻ることにした。
「あ、それ。リーベからもらったのね」
道中、僕の首から下がっている魔鉱石に目を留めたシュトルツが言った。
「迷子防止札あるなら、おこちゃまも一人歩きしてもいいんじゃない? 観光したりないでしょ?」
「迷子防止札って……」
リーベからこれを受け取った時の、僕の複雑な心境をまさに表現した言葉に、呆れと恥ずかしさ、そして少しの情けなさを感じた。
「僕もう、十六なんですけど……」
「それくらいの年頃って、自分はもう大人だ! って思うよねぇ。俺もそうだったなぁ」
懐かしそうに空を仰ぐ彼を見て、なんとなく苛立ちを覚えた。
大人が子供を見て、よく言うようなそんなセリフ。馬鹿にされているような、軽んじられているような。
「そういうシュトルツは、何歳なんですか。それほど年上でもないでしょう?」
「え? 俺? 何歳に見える?」
好奇心に満ちた表情で訪ねてきた彼。正直、僕は外見で人の年齢を把握するのが苦手だった。
城から出なかったのもあって、外見から年齢を予測してその答え合わせをするなんて、機会がほとんどなかったせいかもしれない。
「確実に五つは上なのは、わかります」
「そう? 俺って、そんな若く見える?」
何故か喜びを見せたシュトルツに、僕の苛立ちは更に増した。
「で、何歳なんですか?」
「えーと多分―、今年で百十七くらいかな?」
飄々とした、ふざけた声色。そして、ふざけた回答。
「知ってましたか? 今、この大陸の最長記録って、その百十七なんですよ?
もう記録ものですよね、それ」
馬鹿らしくなって、突き放すように言い捨てると、僕は彼をおいて速足で歩いた。
しかし、僕より明らかに足の長い彼は、あっという間に追い付いてきた。
「じゃあ百五十は目指さないとなぁ。
あ、でも人間って健康な精神で生きられるのって、百五十から二百が限界らしいよ?」
「それはもう――人間じゃないですよ、きっと」
今後、たとえ大陸の平均寿命が延びたとしても、百五十歳を超える人は現れることはないだろう。
もしそんな人がいるのなら、それは人間を超えた上位の何かか、もしくは化け物か……
僕は振り返らずに、見えてきた宿屋に向かって、足を緩めず歩いた。
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