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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
2章

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ヴェリタス湖の伝説

 




 大通りの街道は、青白い煉瓦が敷き詰められていた。中にはキラキラと光る貝を模したガラスで彩られている。

 まるで海の上を歩いているような気分だった。


 階段側面には淡い色で統一され角が丸く削られた、長方形のガラス石が嵌めこまれていて、階段を上がるだけで楽しかった。



 リーベの案内で展望台までいくと、街の景色を一望できた。


 街の中心部は、一段と人で賑わいを見せている。

 街に張り巡らされた水路は、美しい模様を描いていて、それは南の湖まで伸びていた。



 北には自然文化遺産であるヴェリタス湖が、その存在を主張するように鎮座している。

 そのほかに方角を問わず、フィレンツィアの周辺には大小さまざまな湖があって、その周りには村がいくつか見えた。


 リーベ曰く、北にあるヴェリタス湖以外に、南の地域一帯も、自然保護区に指定されているらしい。


 街の中心部にも興味はあったが、それよりも――



「ヴェリタス湖に行きたいです」



 ほんの少し空腹を覚えていたものの、まずは一番の観光名所を見なくては、気が収まらなかった。

 フィレンツィアにはヴェリタス湖に続く街道が設置されていて、街道を通ると、歩いてさほど時間はかからなかった。



 海と見違えるような、広大な湖。その中央に小島が浮かんでいて、その中央には、一本の木が聳え立っている。

 まるで絵本の中で見たことのある、世界樹のようだった。



 湖の周りには、ところどころ花も咲いてあって、その景観はあまりにも神秘的で、いつまでも眺めていられそうだ。


 昼間のみ、小舟に乗って湖を遊覧することが出来るらしい。

 十隻ほどの小舟が、ゆらゆらと揺れていて、観光客の姿も多かった。



 湖を一周しようと思うと、骨が折れそうだ。

 そう思いながらも、自然と足は湖に沿って進んでいた。しばらくすると。小舟の乗り降りをする桟橋にたどり着いた。


 手前には、遊覧の料金の立て札。その隣には、大きな看板が立てられてあった。






 

 『ヴェリタス湖の伝説』



 そう書かれてある。

 

 ヴェリタス湖と新月にまつわる逸話で、とある男性と彼の愛する女性の話であった。




【ある新月の夜に、湖のほとりにやってきた男性が、ふと水面を見ていると、幼少期に別れたはずの愛する女性の姿が映った。思わず声をかけようとしたところ、幼い彼女はどんどん遠のき、やがて消えてしまった。


 男性は「新月の夜に湖を見つめる者は、未来の自分の姿を見ることができる」との噂を思い出して、再び水面を見ると、今度は大人の姿になった女性が涙を流しながら、彼に何かを訴えかけている姿が見えた。


 次に見えたのは、将来の男性の姿であった。水面に映った男性は涙に暮れ、深い後悔に満ちているような姿であった。


 それを見た男性は、未来の自分がいかに寂しく、後悔に満ちているのかを知ることが出来たらしい。


 伝説によるとこの湖の力は、「新月の夜に自分の未来を見ることで、心の中で消し去れなかった過去の後悔を知り、これからの未来をどのように進むべきかを見つけるための試練」と言われている。


 その後の男性が、どうなったのかは記されていない】







 僕は、それを読み終えると再び、湖を見た。



 新月の夜に、未来の自分を見ることができる――

 もし本当に、見ることができるのなら……将来の僕は、どうなっているのだろう?



「これ、どう思います?」



 同じように、看板の前に立っていたリーベは「ああ」と答えて、湖に歩み寄った。



「伝説自体は、集客のための作り話だ。だが……この湖には、精霊が多く集まっている。

 磁場的な要因が大きいのだろうが、そういう意味では、あながち嘘とも言えないのかもしれないな」


「磁場的な要因?」


「世界には、ところどころ精霊が集まりやすい場所が存在している。

 この場合は、湖というよりかは……」



 リーベはそう言って正面を指さした。その先あったのは、小島に聳える1本の木だ。



「あの木だろうな。精霊たちは時折、何かを気に入って、それを愛でることがある。

 元々、そこが磁場であった場合もあれば、その影響で、そこに磁場が発生する場合もある」



 湖に浮かぶ小島の上に立っているから、神秘的に見えたと思ったが、精霊たちが気に入っているのなら、もっと他に何か理由があるのかもしれない。


 精霊たちが気に入り、愛でるもの。それはもしかして……



「あれ? 精霊の加護って……」



 僕の呟きに、リーベはこちらを一瞥すると頷いた。



「加護も、精霊が気に入った人間に与える力だから、同じようなものになるな」



 リーベはそう言って、来た道を引き返していきながら続けた。



「精霊たちにとって、人間は愛でて、見守る対象なんだ。人間が花を愛でるのと同じようなものだな」


「僕たちって、精霊たちにとって花なんですか……」



 思いがけない例えに、僕は足元付近で咲く花を思わず見てしまった。


 精霊たちにとって僕たちは、こんなに小さくて儚い存在なのだろうか。



「私たちが、花に水やりをするように、精霊たちは人間に力を与える。

 けれど、水をやりすぎると花は枯れてしまう。それが闇の本質を得た人たちのような、結果を招くことになる」



 僕は彼の背中を見つめながら、思わず首を傾げた。



「どうして加護から、闇の本質の話になるんですか?」



「ああ」 彼は、話が跳躍したことに気づいたらしく、一拍置いた。



「闇の本質を持つ人間が、圧倒的に少ないのは知っているだろう?

 だから彼らは、同調できる人間がいると、加護と同等の力を与えようとしてしまうんだ。

 特に闇の精霊は、プライドが高い。その上、精霊の中でも特に不器用だ」



 最後のリーベの言葉を聞いて、反射的にエーレが浮かんだ。

 プライドが高くて、不器用。何故か頷いてしまう。



「人に過ぎた力は、身を滅ぼすことになる」



 先を行くリーベは、僕が頷いたことなんて知る由もない。



「他の精霊は、そうじゃないんですか?」


「精霊によって、性格は異なるが……他の属性でも稀に、暴走を起こす人もいる」




 ――必要以上の重荷を背負わせて、そいつは力を暴走させた――




 エーレの言葉が頭に過った。

 あの時は混乱してうまく飲み込めなかったけど、つまり彼らの過去の仲間は……



「人間が強く望むことで、精霊たちはそれに応えようとする。同調を超え、同化してしまう危険性を説いたのは、そのためだ。

 精霊たちは人間を愛し、心から大切にしようとする。

 彼らの持つ力は、人間にとっては強すぎる。方法を誤れば、すぐに花は枯れてしまう」


「もしかして、ミレイユさんの言っていた‘’彼ら‘’って……」




 ――大切なものを大切にしすぎて、壊してしまわないようお気を付けください。‘’彼ら‘’のように――




 リーベは返答を避けるようにこちらへ振り向くと、「そろそろ空腹なんじゃないか?」と尋ねた。



 いつの間にか、街へ続く街道の前まで来ていた。

 僕が答えるより早く、お腹がそれに応える。



 どうしてこんなタイミングに……


 僕は恥ずかしさを隠すために顔を伏せながら、彼を追い越して街道を足早に歩いた。







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