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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
2章

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鷲の紋は語らない

鉱山都市トルゲンで、エーレ、ミレイユ、シュトルツが終身奴隷の中で、死を望むものの命の鎖を断ち切ったという事実に衝撃を受けたルシウス。

それを飲み込み切れないまま、エーレたちの過去の話を聞いた。

彼らは過去に、仲間を失ったことを後悔していると話した。

だからこそ、ルシウスに無駄な荷を背負わせないために、どこまで話していいのかわからない。そういったことを告げる。

 





 



 夢を見た。

 いつもの夢だ。内容は朧げではあったけど、あの悪夢だ。


 昨晩の出来事で胸に宿った温かさは、夢のせいで遠い過去のようなものに感じられてしまった。




 目が覚めると、丘から朝陽が顔を見せ、僕の霞む目を焼いた。


 明るさに目が慣れてきて辺りを見渡すと、シュトルツだけが起きていて、少し離れたところで剣を振りかざしていた。



 早朝の寒い中、上半身は裸である。右手に持つ剣は、彼の手の一部のように軽やかに伸びている。


 朝日を背負って、草を足で払うたびに赤い髪が跳ねる。

 まるで、舞いを見ているようだった。




 服を着ているとわからなかったが、思った以上に鍛えられた体つきに、惚れ惚れしてしまいそうだ、


 彼がこちらを向いた瞬間に、起きた僕に気づいたらしく「よ~」と鍛錬をやめて、手をあげながら、こちらへ歩み寄ってく。



「鍛錬してるところ、初めて見ました」



 挨拶より先に、思っていることが口に出た。



「たまには、ね? 退屈だったし」



 見られたことが恥ずかしかったのか――

 彼はほんの少し視線を逸らして、指で頬を掻いて見せた後、「ああ、そうそう」と持っていた剣を僕の前に突き出してきた。



「あげるよ。長剣と短剣の間の手半剣なんだけど、刃幅がちょっと狭めだから、俺には軽すぎるんだよね」


「え?」


「ほら」



 そう言って、無理やり僕の手の中に抜き身の手半剣を押し付けると、シュトルツは地面に投げ捨ててあった服を拾い、被るように着た。


 僕は、押し付けられた手半剣へと視線を落とす。




 遠目ではわからなかったが、思ったよりも細身で、柄は刃先に向けて少しだけ円を描いている。

 その柄には、等間隔で茶色の石が三つ嵌めこまれていた。



 刀身上部には翼を広げ、今まさに飛び立とうとしているように見える――鷲の紋様が緻密に刻まれてあった。



「いや、もらえませんよ!」



 彼が刀剣類を大切にしていることは、すでに知っている。

 それに指導を受けていたことはあるけれど、剣の扱いはうまくない。


 僕がもらったところで、宝の持ち腐れだ。



「いいからいいから。ちょっと振ってみ? 絶対、気に入るから」



 確信を持った笑みを浮かべたシュトルツを見て、僕はもう一度手半剣を見つめ、重い腰をあげた。


 隣では、エーレとリーベが、まだ夢の中だ。



 シュトルツに手招きされるがまま、少し離れたところで、手半剣を両手で持って、両手剣の要領で構えてみた。

 城で持っていた長剣に比べると、あまりにも軽い。



「それ五百五十グラムしかないから、片手でも扱えるよ」



 彼の言う通りに片手で持ち、振ってみても、重心を取られることもない。



「まぁ、戦闘向きかと言われたら、微妙なところかな。

 刃幅が狭い分、脆いから、そこは土の魔鉱石で補っているし、魔法に対しての防御としても機能するから、いざというときの護身用で持っておくといいよ」



 これなら、扱えるかもしれない。

 そう思ってもう一度、手半剣をじっくり眺めてみた。



 この紋様どこかで――



「はい」と言う声と同時に、目の前に鞘が現れた。

 漆のような真っ黒でシンプルな鞘。それを受け取って、とりあえず手半剣を収める。



「こんなよさそうなもの、もらっていいんですか?」


「まぁ、眠らせてるより使ってもらった方が、そいつも嬉しいでしょ。

 それに俺たち三人とも、それを扱うには向いてなくてね」


「シュトルツは普段、短剣使ってますよね?」




 彼らが剣で戦っているところは、ほとんど見たことがない。


 この前の暗殺ギルト襲撃では、シュトルツは両手に短剣を持って戦っていた。

 エーレは出会った当初に少し見ただけだし、リーベに関しては剣を持っているところすら見たことがなかった。



 シュトルツは「あー」と言葉を濁して、視線を泳がせた。



「俺が先陣を切ったり、斥候役をすることが多いから、使いやすいだけなんだよね。

 エーレさんは中衛だし、リーベは基本的に後ろに下がってるし」


「つまり……」



 僕の手の中の手半剣を、彼は軽すぎると言った。



「本当はもっと重量のある剣が、得意ってことですか?」



 僕の質問に、シュトルツは考えるように唸った後、唐突に踵を返した。


 幌の方へと向かっていく彼は、途中で振り向いて、こちらへ手招きをする。



 二人して幌の中へ入ると、彼は幌の奥に置いていたらしい、剣袋を取り出した。

 彼が持ち歩いているのを見たことはあったが、特に気にしたことのないものだった。



 中には特段、変わったものには見えない、鞘に納められた長剣だった。

 彼はそれを僕に手渡してくる。受け取った瞬間、ずっしりとした重量を感じた。



「三人で行動し始めてからは、ほとんど抜かないんだよね。俺の本当の相棒なんだけど」



 シュトルツの声色は、少し切なげであった。

 彼は軽々と剣を僕の手から持ち上げると、ゆっくりとその刀身を抜いていく。


 長剣の刀身上部にも、先ほどと同じ鷲の紋様が見えた。



「俺の流派が独特なのもあって、王国じゃわかる人が見ると面倒くさそうだから、使わないようにしてるだけなんだけど」



 それだけ言うと彼は再び、剣を鞘に、そして剣袋に仕舞ってしまった。

 彼が本来の相棒だという両手剣を扱うところが、見てみたいと思った。



「よかったら、僕にその流派を教えてくれませんか?

 両手剣だけど、片手剣で流用できたりもしますよね?」



 我ながら、良いアイディアだと思った。


 彼らたちに、追い付けるように強くなりたい。そう思っていたから、剣の鍛錬もするべきだし、そうすれば彼が両手剣を扱うところも見ることが出来る。



 しかし、彼は再び「あー」と口ごもったあと、幌の外で眠っている二人の方へと視線を送っていた。


 先ほどと続き、こうして彼が頻繁に言葉を濁すように間を置くときは、何か言いたくないことや、隠したいことがあるときだということを、僕は知っていた。


 シュトルツが、両手剣を使うことを渋る理由が、外で眠る彼らに何か関係があるのかもしれない。



「流用は出来るけど、基礎から何もかも違うしねぇ。片手剣ならエーレさんの方がうまいと思うよ」



 彼はそれだけ言うと、さっさと幌の外へ出て行ってしまう。


 どうやら、僕の提案に乗る気はないようだった。

 知られたくないことがあるなら、無理をいうのも悪い。



「じゃあ一度エーレに聞いてみます。もし断られたら、その時はお願いします」



 一旦、ここは引いてみよう。魔法も古代言語の学習もあるし、急ぐ必要もにない。


 陽に照らされる背中へと投げた言葉に、彼は右手を挙げて応じるだけだった。




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