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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
1章

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6/204

冷える熱

城から逃げ出し、魔物に襲われていたところを助けてくれた男たち――エーレ、シュトルツ、リーベに成り行きでついていくことになったユリウス。

街道を逸れて、森を突き進む彼らのあとに渋々続くことになる。

 





 昼に半刻ほどの休憩を入れただけで、あとは一度も休まずに歩き続けた。



 ユリウスは彼らについていくので精一杯で、疑問を口にする余裕も、思考を回す余裕すらなくなってきていた。

 足元が悪い上に、木に囲まれていて、もうどの方角へ向かっているのかわからない。



 エーレが枝をナイフで切り払っていく音と、四人分の足音が、延々と耳に響いていた。

 息を切らして歩くユリウスとは打って変わって、彼らの余裕のある足取りは変わることはなかった。






 陽が傾き始めたころ、疲れからぼんやりしていた思考が一瞬、冴える感覚に襲われた。



 なんで僕は素性も知らない人たちと、道なき道を歩いてるんだろう。

 どうしてこんな辛い思いをしながら、彼らについていってるんだろう――



 ふと仰いだ空は、黄昏模様に染まっていた。

 誰かが答えてくれるわけでもない――そんなこと考えを巡らせていた時、森が開けた先に小さな集落が見えた。


 歓喜の声をあげたくなった。



 ――やっと休める……!



 そう思ったのも束の間、彼らは集落に見向きもせずに、通り過ぎていこうとする。

 ユリウスは残り僅かな体力を振り絞って、エーレの前に進み出た。



「待ってください! ここで休むんじゃ……」



 歩を止めたエーレの深淵のような瞳が、ユリウスを捉える。

 彼は沈黙したまま、集落をちらりと見て、数歩後ろにいるシュトルツへと視線を投げた。

 その視線に応えるように、シュトルツが前に進み出てくる。



「屋根があるかないかの違いだから、ね?」



 そんなわけのわからない説得と共に、肩を叩いてきた。

 その僅かな間に、隣を通り過ぎたエーレを見て、ユリウスはもう一度、その背を止めることは出来なかった。


 もう嫌だ。今すぐこの場に座り込んで、子供のように駄々をこねたい。

 地面に転がってジタバタしたい――



 そんな衝動を抑えるので、精一杯だった。









 陽が沈み切る直前で、ようやく彼らは足を止めた。



 ユリウスは体力と我慢の限界で、地面へと崩れ落ちるように腰を下ろした。


 彼らは地面が乾いている場所を選び、どこかから拾って来た、薪代わりの枝を積み上げ、魔法で火を起こす。

 そうして、やっと火を囲んで、腰を下ろしていた。



 ユリウスはもう、何も言う気力がないほど、疲れ切っていた。

 渡された水を全て飲み切る。一緒に渡された携帯食料は、口にする気がおきなかった。



 正面には、姿勢正しく座っているリーベ。右手には、木に背中を預けたエーレ。

 左手には、すでに仰向けに寝転がり、空を眺めているシュトルツ。


 食事をしている間は最低限の会話があったのに、やることがなくなると会話も途切れてしまった。



 仲が良いのか、悪いのかわからない。

 必要以上の会話をせずとも、意思疎通がとれているようにも思えるし、話すことがないくらい、お互いに興味がないようにも見える。



 彼らは何者なんだろう――再び頭に過ったが、もう考えるのも辛かった。

 汚れることなんて気にする余裕もなく、地面に体を投げ出す。


 固いはずの地面に、体が沈み込んでいくような感覚を覚えた瞬間、意識が途切れた。











 パチパチと薪が爆ぜる音が、森の静けさを更に引き立てていた。



 ふと目が覚めると、まだ辺りは暗かった。

 熟睡したせいか、頭はすっきりしている。


 体を起こすと、いつの間にか毛布が、かけられていたことに気づいた。

 歩きすぎたせいなのか、固い地面で寝たせいなのか――体の節々が痛かった。



 すぐ近くでは、三人が眠っていた。


 リーベとエーレは、ユリウスがそうしていたように、地面に体を預けて、毛布をかぶっている。

 シュトルツは、眠る前にエーレが凭れていた木に背中を預けて、毛布を肩から羽織っていた。

 頭を伏せている彼も、眠っているように見える。



 闇の中で、赤い炎だけが存在を主張するように、ユリウスの影を揺らした。



 この状況は何なのだろう――

 炎を眺めていたユリウスへと、もう一人の自分がどこかからか、そう呟いているような気がした。


 思考が渋滞している。整理する必要を感じて、今までの状況を思い浮かべた。



 まず、追手に追われた森の先で、魔物と遭遇して彼らに助けられた。

 恐れていた追手は彼らによって、()()()()()()

 それが退けただけなのか、始末したのかはわからない。

 そして彼らは、ユリウスに同行を求め、押し切られる形で、ついて行くことになった。



 そこから一つずつ、疑問を上げてみることにした。


 魔物の脅威から助けられたとき、彼らは何故、あんな夜更けに森の中にいたのか?

 偶然とは、考えにくいと思っていた。

 けれど、こうして森の中を突き進んでいるのを見ると、やはり偶然とも思える。



 彼らはどこに向かっているのか? 街道の向かった先は南だった。おそらく南下している。

 彼らの正体は? 彼らはどうして、ユリウスを連れていくのか?


 一番の疑問であり、問題はここだった。



 もしかして彼らは、ユリウスの正体を知っていて、連れ戻そうとしているのでは?

 そうすると、追手を片付けた理由がわからない。


 表立って皇帝がユリウスを探している様子はない。

 皇帝が何を考えているのか――けれど、一国の皇太子が逃げ出したなんて、到底公表できる内容でもないから当然なのかもしれない。



 いや……もしかしたら……



 ユリウスは眠る三人を、ゆっくりと眺めた。



 皇帝は目的のためなら、手段を選ばない人だ。

 秘密裏に捜索、保護の依頼を各所に出している可能性は高い。

 ユリウスが各主要都市を避けてきた理由は、それだった。



 密かに通達がきていても、何らおかしくない。

 むしろ皇帝にとって、‘’今のところ唯一‘’であったユリウスを、探さない方がおかしいとも思える。



 彼らは、ユリウス保護の手柄を独り占めにしようとして、追手を片付けたのではないか?

 そして、この先にあるのは、湾港都市レネウスだ。

 そこで引き渡すつもりかもしれない。



 背筋に、嫌な予感が這い上がってくる感覚がした。





 静まり返っていた森の中で、梟の鳴き声が、ふいに聞こえた。

 ホーホーと低く、何かを警告するかのような響きが、冷たい空気の中に漂った。



 言い知れない恐怖に、今すぐ立ち上がって、逃げ出したい衝動に駆られる。

 彼らに勘づかれてはいけない。



 ユリウスは一度、大きく深呼吸をすると、毛布を羽織ったまま気配を消して、立ち上がった。

 前で揺らめく火の爆ぜる小さな音が、気配を包み隠してくれることを祈った。


 眠っている彼らを、そっと窺う。


 たしか集落は、シュトルツのいる木の方向だ。

 ユリウスは、そっと足を忍ばせながら、彼の隣を通り過ぎた――



「どーこいくの?」



 背後から突然、かかった声にびくりと体が跳ねる。

 いつの間に起きたのだろうか。

 緊張と後ろめたさを隠しながら、そっと首だけ振り返った。


 数歩後ろには、こちらを見ているシュトルツ。

 口元は笑っているように見える。けれど、瞳は全てを見通しているかのように、闇の中で怪しく光っていた。



「いや、ちょっと用を足しに……」



 咄嗟に、言い訳が口をついて出た。



「そんな、足音殺して?」


「起こしちゃうかなー……とか」



 にっこりと微笑む彼は、首を緩やかに傾けた。



 ――彼らは、僕を皇帝に突き出そうとしている。



 そう思い込むと、もう彼の全ての言動が恐ろしくて、いてもたってもいられなくなった。

 駆けだそうと地面を蹴ったとき、後ろからぐいっと首元を引っ張られて、大きく後ろへ態勢が崩れる。



「まぁ、ちょっと落ち着けって」



 耳元で、彼の声がした。

 いつの間に、こんな近くにきたのだろうか。


 一瞬、体が固まったが、すぐさま彼の手から逃れようと藻掻いた。

 しかし、固定されているように一歩も動けず、襟元を後ろから掴まれているせいで、首だけが締まった。



「何をどう勘違いしてるのかわかんないけど、俺たちは君の敵じゃないよ」



 その言葉と同時に、強く掴まれていた感覚がするりと抜けた。

 反動で前へ投げ出されそうになったユリウスは、反射的に前へと踏み出し、どうにか転倒を避けると、ぎこちない体勢のまま振り返る。


 そこにはもう、木の根元に座っていたシュトルツがいた。

 目が合うと、彼は軽く手招きし、隣をとんとんと叩いてみせた。



 離れた彼を見て、躊躇った。

 けれど、ここで再び背を向けて走り出そうとしたところで、再び捕まるに違いない。

 ユリウスはそう諦めて、彼の隣へ向かった。



「不安にさせたみたいだね、謝るよ」



 ユリウスが隣に座ると、すぐに彼は言った。

 その言葉に何を言うべきかわからず、咄嗟に言葉は出なかった。



「君の事情も、今置かれている状況も、よーくわかってる」



 唐突に打ち明けられた言葉――それが頭の芯に響いて、全身を冷やす。


 緩やかに広がっていく衝撃が、思考を麻痺させた。

 彼の真意を確かめるべく、そちらを見るどころか、前で揺れる炎から視線を離すことが出来なくなった。



「俺たちが何者で、どうして君を連れ歩いているのか、不安だろうけどさ。

 今は、それは言えないんだ。

 君も余裕がないだろうし、話すことで君をもっと追い詰めることになるかもしれない。

 とりあえず、君が考えているようなことは絶対に起こらないから、一旦、俺たちを信じてついてきてくれないかな?」


「信じるって、何を信じればいいんですか……」



 止まった思考の中で、どうにかその言葉を絞り出した。

 結局、彼は何一つ、明かしてない。ユリウスのことを知っていると言っただけだ。

 そんな彼の、何を信じろというのか。



「まぁ、そう言われると……困っちゃうよねぇ」



 隣で、彼が木に頭を預けて、空を仰ぐような気配があった。

 その声は少し揺れていて、困惑が滲み出ているようにも聞こえた。

 それに気づいたユリウスは、ようやくシュトルツを見ることが出来た。



「僕の思っているようなことってなんですか? 本当に起こらないんですか?」



 短い沈黙を挟まれた。

 彼は一度瞑目した後、ゆっくりと頭を起こして、こちらを見た。



「……約束するよ。俺たちといる間は、君が恐れていることは起きない。

 だから追手も片付けたでしょ?」



 ふと、先ほどの憶測が、頭に浮かんだ。



「手柄を独り占めしようとしてたんじゃ……」



 言葉にしたあとで、失言にハッと口をつぐむ。



「手柄?」



 彼は首を傾げて、おうむ返しした後、「あー」と声をあげて、小さく笑った。



「君、想像力豊かだねぇ」



 その言葉に、全身の体温が急激に上がっていくのがわかった。

 疑心に駆られて、勘ぐりすぎたのかもしれない。


 可笑しそうに細められた瞳が向けられて、膨れ上がってくる羞恥を追い払うために、大きく首を振る。



「仕方ないじゃないですか!」



 思わず大きな声が出て、静まり返った森の中に響いた。



「うるせぇ……何時だと思ってんだ」



 余韻の中で低く唸るような声が転がる。視界の先で黒髪が不機嫌そうにこちらを見た。



「あ、エーレさん起きた? 丁度、交代時間だけど」



 一瞬にして、声色を変えたシュトルツ。



「交代?」



 一体、なんの交代時間だというのか。



「野営に不寝番はつきものでしょ? 結界は張ってあるけど、一応ね」



 シュトルツは木の側を離れて、エーレの元へと行く。

 羞恥で火照った体が、一気に冷めていく気がした。



 この男は、ユリウスが起きる前から眠ってなんていなかったのだ。

 どうして、寝たふりなんかをしたのだろうか?


 もう一度、眠りにつこうとするエーレを、起こしているシュトルツ。

 

 その背を見て、沈みかけていた疑心が再び、浮上していくのを感じた。






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成長/革命/復讐/残酷/皇族/王族/主従/加護/権能/回帰/ダーク/異世界ファンタジー
― 新着の感想 ―
緊張感ある感じでヒリヒリくるところから 少しずつ緩和してく感じ 上手すぎる……
ユリウスの不安が、読むこちらまでじんわり伝わってきました。 信じてほしい、でも明かせないというシュトルツの言葉に滲む優しさと裏腹な怖さ。 まるで焚き火のように、ほんのり温かくて、それでいて燃え移りそう…
シュトルツさん、いいですね。お上品な圧力というか、いつかめちゃくちゃ頼りになりそう。 そしてユリウスは不安で不安で、そんな中で色んなことを憶測してしまうのでしょうね、その気持ちめちゃくちゃ分かります。…
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