無言の領分
目が覚めると、辺りは真っ暗だった。
久しぶりに、よく寝た気がする。
そういえば……昨日、彼らはどこに行っていたのだろうか。
夜中のお茶会が衝撃的過ぎて、昨日聞くのを、すっかり忘れていた。
そう思いながら、立ち上がった時、お腹が盛大に鳴った。
よく眠ったおかげで、いつもより食欲が湧いている。僕の分の食事は、まだ残っているだろうか?
幌の外に出ると、近くで火が揺らめいているのが見えた。
目を凝らすと、その周りにはカロンの三人だけではなく、ミレイユをはじめとする彼女たちも、共に火を囲っているのがわかる。
いつもは、寝食を別にしている二組が、何の風の吹き回しなんだろう。
昨日のお茶会が思い出されて、僕が幌の外に出るのを躊躇った。
お互いに嫌いだとはっきり言いながらも席を共にする、わけのわからない大人たちに囲まれて食べる食事なんて、食べた気にならないだろう。
いっそのこと、もう一度眠ってしまった方がいいのかもしれない。
そう思って、幌の中に戻ろうとした時、「おこちゃま起きたの?」と、シュトルツの声が背中に響いた。
この男は……いつもいつも、あえて空気を読んでいないようなタイミングだ。
僕は聞こえていないふりをして、そのまま幌の中へと足をかけると再び、
「おこちゃまの分の飯残ってるぞー。肉もパンも、今日はスープもある」
と、追い打ちがかかった。
僕に代わって、お腹の声がそれに答えた。
何もない幌の天幕を見上げて、逡巡する。大きなため息と共に肩が沈んだ。
火を囲む彼らの元へ行くと、シュトルツが待ち構えていたように食事を出してくれた。
その周りには食後のお茶と言わんばかりに、いつものカップを手にして、優雅にお茶を飲んでいる面々がいた。
見慣れた肉とパン。それとは別に緑一色ではあったが、芳しい香りのスープが、なみなみ注がれた木のお椀があった。
「レナータが山菜をとってきてくれてねぇ」
僕の手に渡ったスープを見た後、シュトルツが嬉しそうにレナータに視線を移した。
野営で簡単な料理をする時、その役割はいつもシュトルツ買って出ていて、大体は肉を焼くにとどまっていた。
「あ、ここらへんも貸してくれてね」と彼は続けて、火から下ろされ、隣に置かれた鍋や、既に洗われて、綺麗に重ねられた食器類を指した。
いつの間に、打ち解けたのだろう。
幌の中ではまともに会話もせず、他人のように振舞っているのに、お茶だけは全員で囲む。僕にはそれが、異様な光景に見えた。
そうは言っても、やはり会話は少なそうだ。いつ険悪な雰囲気になるか、わかったものではない。
さっさと食事を済ませて、寝てしまおう。
そう決めて、僕は地面に置かれた食事を味わいながらも、出来るだけ早く咀嚼して、飲み込む努力をした。
その間に交わされた会話と言えば、ほとんどがシュトルツで、レナータに山菜について教えてもらっていた。
その隣では、お菓子をいくつか口に運ぶエーレがいただけで、あとは無言でお茶を飲んでいた。
食事を終えたタイミングを見計らうように、レナータが僕にもお茶を出してくれる。
彼女の厚意は有難かったが、内心はさっさとこの場を離れたかった。だから、そのお茶も出来るだけ早く、胃の中に収めてお礼と共にカップと食器を返した。
レナータはそれを受け取ると同時に、魔法であっという間に、綺麗にしてしまった。
魔法のこんな使い方があるなんて……
彼女の手の中の綺麗になった食器に目を奪われていると、「これくらいなら練習すればすぐにできるようになりますよ」とレナータが言った。
声につられて彼女を見ると、火に照らされたフードの奥で、青い瞳が光ったような気がした。
一体、どうやってやったのか。どう練習すればできるようになるのか。
その好奇心が僕をここに留まらせようとした。でも、それは今でなくてもいい。
そう思って、立ち上がり、幌の中にある毛布を取りに行くことにした。
ついでにカロンの三人の分も両手に抱えて、毛布で視界がほとんど塞がれながら帰ってくると、その時にはもうお茶会はお開きになるところだった。
これで安心して眠れそうだ。
三人分の毛布を一旦リーベに預け、さっさと眠ってしまおうと思った時、ふと思い出した。
「そういえば、昨日……どこ行っていたんですか?」
重ねられた食器を、袋に仕舞っていくレナータが見えた。
それをイレーネが手伝い、二人で幌の方へと向かっていく。
それを、ぼんやり眺めていられるだけの沈黙が挟まった。
「お前が気にすることじゃな――」 「奴隷管理棟ですよ」
エーレが言い終わる前に、ミレイユが言葉を重ねた。
リーベから毛布を受け取ろうとしていた彼の手が止まる。
「お前……余計な口を挟むな」
ため息に、僅かな苛立ちが含まれているのを感じた。
「余計なことではないので、申し上げたまでです」
ミレイユはエーレの方を見ていた。
フードで顔は隠されているが、僕にはその奥の眉が寄せられたような気がした。
「これはお前の領分じゃない」
彼女に面と向き合って、エーレが低く言う。
緊張感の漂う短い沈黙が流れる。
僕はその二人を交互に見て、思わずシュトルツを視線を移すと、彼はほんの少しだけ首を傾けた。
その口元は、小さく引きつっている。
「領分を持ち出すのでしたら、私には説明責任があります。昨日、その提案したのは私です」
「お前のお高い責任なんて、こっちは知ったこっちゃない。黙ってろ」
再び、二人の間に静かで、ぴりぴりとした沈黙が漂う。
先ほどまで、和やかだったのに、聞くタイミングを間違えた。
僕はもう一度、シュトルツとリーベを見ようとした――その時。
「まぁまぁ、ミレイユ。エーレさんも」
シュトルツは一歩進み出て、二人の間で手を小さく振る。
ミレイユのフードが、小さく揺れた。
次いで、エーレがため息を吐きだす。
一触即発のような雰囲気に、僕は顔を引きつらせてしまっていた。
「――でしたら、彼の意見を聞きましょう」
「え、僕……?」
突然、ミレイユに話を振られて、思わず体が強張る。
確かに気になる。
――奴隷管理棟?
そんなものがトルゲンにあることなんて、知らなかった。
けれど、こんな険悪な雰囲気の中で、僕に振られても……
「貴方が知りたいというのなら、私は報告する義務があります」
ミレイユが、こちらへと首を向けた。
僕は思わず、ちらりとエーレを見る。
彼も険しい表情でこちらを見ていたが、一度瞑目すると、諦めたように大きなため息を吐いた。
「好きにしろ」
そう言って、リーベから毛布をひったくるように受け取ると、火の前に座り込んだ。
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次回は少し、重めの話になります。
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