真夜中のお茶会
鉱山都市を発つ前夜。つまり昨日のことだ。
鉱山都市トルゲンでの治療を終え、真っすぐレギオンに帰ったのは、僕とリーベだけだった。
他の3さん人は、まだ行くところがあると言って、また僕を置いてけぼりにしようとしたので、ついて行くと言うと、「お前は戻ってろ」とエーレにすげなく拒否された。
エーレの説得のためにリーベを一瞥したが、リーベも首を振るだけだった。
仕方なく諦めて、先にレギオン支部に戻り、風呂を先にして、その後食事をとった。
久しぶりに時間が空いて部屋で寛ぎながら、その日にあったことなどを振り返っていると、いつしか夜は更けていた。
同室のリーベもいつの間にかいなくなっていて、このまま寝てしまおうかと思っていたその時、ミレイユの側にいるうちの一人が、お茶を誘いに来てくれた。
彼女たちの部屋に向かうと、そこにはすでにお茶とお菓子をご馳走になっている三人の姿があった。
いつの間に、戻ってきていたのか……
長方形のテーブルの上に並べられたお菓子を、次々と胃の中に収めていっているシュトルツに、先に目がいった。
これは、どういうことなのだろうか?
レギオン内にいると彼らの警戒が緩むことは、何となく気付いてはいた。
レギオンは所属するクランの身柄を保証し、保護する。
クラン同士の相性はそれぞれではあったが、有事の際には助け合うのが常だった。
つまり、レギオン内に騒動を持ち込む馬鹿はいない、と言うことだ。
一方、外では人から勧められたものを、決して口にしようとしないエーレが優雅にお茶を飲んで、お菓子に手を伸ばしている。
彼らが手にしているカップは、例の光の魔鉱石が練り込まれているものだった。
唖然として立ち尽くした僕に、お茶を勧めにやってきてくれた彼女が椅子を勧めてくれて、ようやく我にかえった。
先日、お茶を勧めてくれた彼女はレナータと名乗った。
ミレイユが名乗った時に狼狽していたもう一人の女性はイレーネ。
これだけの期間、行動を共にしていれば、顔は見えなくても、ふとした仕草や声色で、二人も判別することは出来た。
ミレイユが名乗ったからには、自分たちが名乗らないのは、失礼に当たるのだとか。
上座に座るミレイユも、当然のように彼らとお茶を共にしていて、レナータだけが立ったまま給仕をしている。
困惑を隠せないまま、勧められた椅子の前で、立ち尽くしたまま僕は「レナータさんは?」と聞いた。
「私はこうして、自分の淹れたお茶を美味しく飲んでいただけるのに、喜びを感じるので、お気になさらないでください。
それにお腹が弱いので、あまり水分は摂れないんです」
相変わらずフードを深く被っていて表情は見えなかったが、その声色に嘘はなさそうだった。
カップになみなみ注がれた琥珀色が、室内灯に照らされ、光を生み出すようにキラキラ揺らめいている。カップに埋め込まれた光の魔鉱石が光っているのだ。
その時になって、僕らようやく、椅子に腰を下ろした。
「あの、何してるんですか?」
「普通にお茶飲んでるけど?」
「いや、そうではなくて……」
何の遠慮もなく、レナータにお茶のおかわりを催促したシュトルツが言った。
テーブルの上座にミレイユが座っていて、その奥隣にイレーネが、手前にシュトルツ、向かい合ってシュトルツの前にエーレ、その隣にリーベ、僕という順だった。
「なに呑気にお茶なんか、とか言ってませんでした?」
「時と場合によるだろ」
そう答えたエーレは、お菓子に伸ばされたシュトルツの手を叩き落として、目当てのクッキーを奪い取る。
「エーレさんは、お菓子に釣られて来ただけだから」
叩かれた手を撫でながら、シュトルツはニヤニヤとエーレを見た。
確かに普段、あれだけ食の細いエーレが、お菓子には次から次へと手を伸ばす。
「黙れ、お前は食いすぎだ」
否定しないところを見ると、エーレは甘党なのかもしれない。
「いいんですか? エーレなんて、特に警戒してたはずじゃ……」
僕は、食べることに夢中の二人を見ながら、リーベに耳打ちした。
丁度、カップを口につけていたリーベが答えるよりも早く、
「俺は、ミレイユを警戒してるわけじゃない」と、エーレが答えた。
囁くほどの声で言ったはずなのに、この男の聴覚はどうなってるんだ……
僕は告げ口が見つかった時のような気まずさを感じて、ぎこちない動きで視線をエーレに戻す。思わず、唇が引き攣る感じがした。
「勘違いしてるようだが。たしかに、俺はリクサも、こいつも心底嫌いだ。
だからと言って、信用してないとは言ってない」
「奇遇ですね、私も貴方のことが嫌いです」
すかさず、ミレイユが言った。
ちらり、と目だけで、ミレイユを盗み見る。
優雅にお茶を飲んでいる表情は、フードに隠されて見えない。
その所作だけ見ていると、きっぱりと言い切った先ほどの言葉が、彼女から発せられたものだとは思えなかった。
僕は居心地の悪さを紛らわせるために、カップをゆっくり持ち上げて、お茶を口に含んだ。
お茶は、既に濁り始めていて、苦味が口の中に広がった。




