水を宿した翼
鉱山都市トルゲンを発った一行。ユリウスは悪夢にうなされることが続き、寝不足に陥っていた。
悪夢が怖くて、眠るのが怖い。そう言う彼に、エーレが魔鉱石の入った皮袋を放り投げる。
魔鉱石への生命力の込め方。それをユリウスは挑戦してみるが……
僕の手の平は、陽の光を受けて輝いていた。
…かつて鉱石だったもので。
キラキラして綺麗だなぁ……
そんな現実逃避のような思考が、じわじわと僕の頭を埋めていく。
手の中にある魔鉱石は、ひとつ残らず無惨に砕けてしまっていた。
思わず口を開けて、でも言葉にならなくて、そのまま閉じる。まるで魚だ。
…引き攣った笑いしか、出そうにない。
おかしい……そんなに生命力を込めたつもりはないのに……
この鉱石を生み出した自然に謝りたくなった。
きっとトルゲンの鉱夫のような人たちが、一生懸命、採掘しただろうものに違いない。
「俺たちの偉大さが、よーくわかったんじゃない?」
いつしか前で、くつくつと笑っていたシュトルツが威張るように言った。
そんな彼の言葉に頷きたくはなかったが、認めるしかない。
やはり、彼らの実力が、凄いことに違いはない。
「というか、どう考えても魔鉱石の付与は早いって。水の具現化も、まだなんでしょ?」
――具現化?
シュトルツの声を聞いて、ようやく顔を上げた時、冷たい感触が頬に当たった。
まん丸で羽の短い鳥が、僕の顔の周りを、いつしか浮遊していた。
鳥? 違う。
それが水で作られたものだと、すぐにわかった。
「ひよこですか?」
「は!? どう見てもツバメでしょ!?」
勢いをつけて上体を起こし、反論してきたシュトルツを見て、僕は目の前を浮遊する鳥を観察した。
丸すぎる胴体に、羽と言っていいのかわからない二対の翼。小さな嘴と愛らしい丸い瞳。
どう考えても、これはツバメじゃない。
視界に、隣から伸ばされた綺麗な手が映った。
女性の手と見まごうほどに、白くて細い五指。リーベのものだ。
その指が、僕の前に浮遊していた鳥を突くと、途端、それは形を変えて、今度こそしっかりツバメの形を成した。
「ちょ、勝手に変えないでくれない?」
シュトルツの訴えに、リーベは答えないまま、
「親和率が同等か、上回ると相手の力に干渉したり、主導権を奪うことも可能だ」
と、説明を付け加えた。
その後も隣で何やら説明を続けてくれてはいたが、僕の耳には入ってこない。
何故ならリーベの対応が、シュトルツの癇に障ったようで、文句を加速させて、騒ぎ出す寸前に見えたからだ。
思わずシュトルツとエーレ、そしてミレイユへと視線を行き来させてしまう。
幌の中で、人形のように揺られていたミレイユが、少し身じろぎしたような気がした。
隣で説明を続けているリーベに、助けを求めようと手を伸ばしかけて、両手が鉱石の欠片で埋まっていることを思い出した。
このままでは、あの日の二の舞に……
と思った瞬間、鋭く乾いた音が、耳朶を響かせた。
ハッと前を見ると、頭を抱えて悶えるシュトルツの姿があった。
「黙れ、また俺に頭を下げさせたいのか」
どうやら、エーレがシュトルツの頭を叩いた音だったらしい。
おとなしくなったシュトルツを見て、僕はホッと息を吐き出した。
「とりあえず」 そこで、ようやくリーベの声が耳に入ってきた。
何が’’とりあえず’’なのかは、さっぱりだが、リーベは僕の手の中にあった鉱石の欠片を回収して、別に取り出したらしい皮袋の中に仕舞っていく。
「具現化の精密なコントロールが出来るようになれば、魔鉱石の付与も出来るようになる」
それならそうと、先に教えてくれればよかったのに……
リーベの持つ皮袋を見て、僕はげんなりした。
「属性の具現化は、特にイメージが重要になる。明確さ、鮮明さだ。
頭に描いたものを精霊と同調し、伝えることでより高度な魔法が扱えるようになる」
まるで、精霊との共同作業のようだ。そう思った。
浮遊していたツバメが、幌の外へ飛び立っていく。僕はそれを目で追った。
ツバメは命を得たように軽やかに舞い、空の彼方へ消え去っていく。
「考えるより、慣れた方が早い。生命力を集めて、水球をイメージしてみるんだ」
リーベに言われた通り、頭にイメージを浮かべてみる。
水球……水球? 空に浮かぶ水球なんて、普段では見ない。雨のようなものだろうか。
集中しようとしたところ、沈黙の中に「あ」と言葉が宙に浮いた気がして、意識をそちらに向ける。
次いで、「待て」というエーレの声と、本を閉じる音。
「生命力は最小限に抑えてやれ。手は外に出して、手元だけに集中しろ。
間違っても、雨なんて呼ぶんじゃねぇぞ?」
「え?」
僕は息を呑む。同時に「あー」とリーベとシュトルツの声が重なった。
「え? なんですか?」
珍しく同じ反応を示した二人に、僕は思わず動揺して、二人を交互に見た。
「いや」 シュトルツは、ふっと鼻で笑う。 「昔、やらかしたやつがいただけの話だよ」
そう言うシュトルツは、僕を見ていた。
その瞳は確実に僕を捉えていたはずなのに、まるでどこか遠くにいる誰かを懐かしんでいるように細められていた。




