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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
2章

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56/204

’’聖女ミレイユ’’

 



 




「この部屋は、アルギニアと金属中毒患者が大半だ。こっちは俺とミレイユで治療する。

 シュトルツを貸すから、リーベは表のじん肺患者を任せる。終わったら戻ってこい」


「へーい、了解」



 エーレの指示に、シュトルツはこの場に似つかわしくない軽い返答をして、こちらへとやってきた。

 リーベはその指示を聞くと、さっさと踵を返して先に扉を出た。



「まとめては厳しいだろうから、一人ずつ治療していくしかないな」


「俺が治癒するから、リーベは断絶か破壊で、肺の粉塵を取り除いてって」



 リーベの呟きに、僕の後ろに追い付いてきたシュトルツが答えた。



「私はどちらも得意じゃないんだが……」


「あ、逆にする? 俺、炎は本質だし、リーベも光の方が得意だろうし」


「そちらで頼む」



 僕を挟んで、短いやりとりが交わされる。



「おこちゃまは、よーく見ときな。

 炎と光には、こういう使い方もあるんだぜ」



 先ほどの場所に戻ってきて、シュトルツが部屋の端へと移動していく。リーベもそれに倣った。


 小さな沈黙の中でシュトルツから、感じ慣れない生命力の波長が溢れる。

 それが、床に横たわる患者の胸へと注がれると、何かが弾けたような波動がした。



 すぐに隣にいたリーベが、続けて光の魔法を行使する。

 そこからはまるで流れ作業のようだった。



 部屋にいた患者全員に同じことを繰り返し、それほど時間をかけずに終わった。

 二人が治療した患者の呼吸が正常に戻ったところを見ると、治療は成功したのだろう。



 よく見ておけ――と言われたものの、何をどうして治療したのか、さっぱりわからなかった。


 観客席に僕だけぽつんと取り残されて、手品を見せられたような気分だった。




 いつしか部屋に漂っていた死の空気まで、浄化されているような錯覚に陥って、しばらく呆気に取られていると「どうだった?」と前からシュトルツの声がかかった。



「どうって、言われても……何がなんだか、わからないんですけど」



 意気揚々といった感じで、説明をしようと口を開いたシュトルツに、リーベが「早く戻らないとエーレに怒られるぞ」と口を挟む。



「せっかく俺が説明を買って出てやろうと思ったのに」



 不満げに漏らしながら、それでもエーレの怒りが怖いらしいシュトルツは、さっさと元いた部屋に戻っていった。



「炎の本質は、’’勇気と破壊’’。

 今の場合は、肺の中の粉塵だけを、破壊して取り除いたんだ。そのあと、私の光の魔法で体内組織を再生させた」



 シュトルツの後を追って、歩を進めたリーベが、簡潔に説明してくれた。

 口では簡単に言っているものの、体内の粉塵だけを破壊して取り除くなんて、そんな芸当を真似できる気がしなかった。



 水の魔法にして置き換えて考えるなら、《飲み物に混ざったほかの物質を除いて、水だけを抽出しろ》と言っているのと変わらない。



 いや、人間の体は飲み物よりも余程、複雑にできている。その上、失敗は許されない。


 扉の先に、消えてしまった二人の姿を想像して、ため息がこぼれた。



 あと何年生きれば、彼らに追い付くことが出来るだろうか――








◇◇◇







「どうしたの? おこちゃま寝不足?」



 鉱山都市(ラデスタ)を出発してしばらく。僕は眠気と倦怠感に苛まれながら、幌の中で揺られていた。



「ちょっと最近、夢見が悪くて……」



 昨日、診療所から帰って考えることが多かった。



 僕は幌の奥に座るミレイユをちらり、と盗み見る。


 診療所でリーベとシュトルツがじん肺患者を治療したあと、僕も二人に遅れて、エーレとミレイユがいる部屋に戻った。


 そこで見た、ミレイユの光魔法が忘れられない。



 今まで見たどの光魔法よりも神々しかった。



 部屋一面に舞い踊る光の粒子は形を成して、まるで精霊そのものが、その場を支配しているような――


 単に美しいとは違う。本能が畏敬を感じて、ただただ圧倒されるしかない輝きだった。



 ――光の加護持ちだ。見ればかわる――



 トラヴィスとの会話で、エーレはそう言っていた。


 彼女――ミレイユという名に、どこか聞き覚えがあるような気はしていた。




 ’’聖女ミレイユ’’




 ミレイユの光の魔法を見たとき、その名前を思い出した。


 レヒト協会の教皇に次ぐ地位に立ち、レヒト協会の象徴とも言える聖女。

 聖女は、保守派である聖律派の一員であると、たしかトラヴィスが口にしていたはずだ。



 彼女が聖女ミレイユであれば、この蜜護衛も暗殺ギルドが差し向けられたのも、全て納得がいく。



 僕は自然とエーレを見た。


 きっとあの男は――いや、僕を除くカロンは知っていたのかもしれない。

 知っていなくとも、大体予想はついていただろう。




 ため息が、自然とこぼれ出た。

 思考が渋滞している。考えたいことが多いはずなのに、考えがまとまらない。



 昨晩、ミレイユのことや、鉱夫患者のことを考えているうちに眠るのが遅くなってしまったのもある。

 けれど、あの悪夢を毎晩のように見るようになり、すぐに起きてしまうのだ。



「学習はやめておこう。眠いなら眠ればいい」



 ノートを繰っていたリーベがそれを鞄に仕舞いながら言った。



「いや、なんか……また悪夢を見るんじゃないかと怖くて……」


「じゃあ、俺の腕の中でもくるー?」



 ミレイユに一喝されてからは、彼女たちに邪魔にならないように、端で寝そべっているシュトルツが両手を広げた。


 それでも、寝そべることをやめない、この男の厚かましさと度胸には、ある種の尊敬すら感じてしまう。



「もっとうなされる予感しかしませんよ」



 呆れて答えると「ほら」と前から別の声がした。顔をあげたのと同時に、何かがこちらに投げ込まれる。


 胸元目掛けて飛んできたそれを掴むと、小さな革袋だった。

 中には、三センチから十センチ大ほどある大きさの魔鉱石が、いくつも入っていた。



「生命力を消費すれば、ぐっすり眠れる。それで魔鉱石の込め方でも練習しとけ」



 相変わらず本を読んでいるエーレが魔鉱石を投げたらしい。




 ふと昨日、診療所での治療の後のことを思い出した。


 診療所に行く前に、リーベが事前に補充した魔鉱石。

 それにシュトルツとリーベが光と土の生命力を込めて、坑道の入り口にはめ込んでいたのだ。




 リーベ曰く、魔鉱石に土の結界と光の浄化を込めて、そこを通る人の体の中に溜まった粉塵などを浄化する効果を付与したとか。


 水魔法の作用の一つである――他属性の効果増長は、魔鉱石にも適応されるらしい。



 しかし、魔鉱石への効果付与は極めて、緻密な作業だと聞く。

 それ専門の職人がいるくらいに。



 鉱石の種類や大きさによって、込める生命力の量が多すぎると、破損してしまったり、逆に少なすぎると効果は付与されない。


 彼らがあまりにも簡単に魔鉱石に効果を付与してしまうから、そんなに難しいものだとは信じがたいのが事実ではあったが。


 そういうことで、昨日、僕は手伝いたくても、手伝うわけにはいかなかった。



「込め方って言われても……水の魔鉱石って、具体的にどんな効果を付与できるんですか?」



 エーレに聞いたつもりだった。

 しかし、彼は「今、俺は忙しい」とだけ答えて、本を読むことをやめるつもりはないらしい。


 一体、どんな本を、そんなに読み込んでいるんだろうか。



 革の装丁の表紙には《空白の時間》とのタイトルと《アリレオ・シア》という著者の名前が書かれてあった。



「水の場合は主に、遠隔で用いる連絡効果だ。

 遠く離れていても、付与した固有波長同士が、意思疎通できるようになる」



 リーベは説明書ではないんだけど……リーベは、それでいいんだろうか。

 僕は隣で、当たり前のように説明を始めた彼を見て思った。



「とりあえず効果以前に、鉱石それぞれの特徴と込める生命力の量、それに相性を確かめるところからだな」



 彼はそう言って、僕の持つ皮袋をそっと取り上げ、中の魔鉱石のうち、水との相性が良いものだけを床板の上に並べた。



 蒼海石、月光石、昌石。



 他にも沢山あるらしいが、彼らが水の魔鉱石を使うことはほぼないので、皮袋にはそれしか入っていなかったらしい。


 そのうち、昌石はどの属性にも相性がよく、生命力の許容量も格段に多い、と彼は説明した。





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