夢と現実、その揺れる間で
交易都市を発って、荷馬車の幌の中で、騒いだシュトルツにエーレがブチ切れ、剣を抜こうとした。
ユリウスは恐怖で固まり、護衛対象は悲鳴をあげ、それを見たリーベが静かにキレて、場を収める。
リーベの発した殺意に当てられたユリウスは、過去のトラウマが想起されかけそうになる。
しかし、ふと幌の外の景色を見て「ああ、ここは城ではない」と冷静さを取り戻した。
「貴方たち」
そこに、聞き覚えのない声が飛んで入ってきた。
どこから――声のした方を振り向くと、白いフードの奥からこちらを強く睨みつけてくる、金色の瞳があった。
護衛対象の中央にいる女性。三人の中で、一番上役だと思われる人だ。
「黙っていれば、好き勝手やってくださいますね。こちらへの謝罪はないのですか?」
よく見ると両脇の女性に人は、怯えて震えていた。
エーレの行動に悲鳴も聞こえたし、リーベの殺気にも当てられたに違いない。
「ようやく喋ったと思ったら、それか」
エーレの言葉に、僕は耳を疑った。ここでの返答は、謝罪一択で間違いないはずだ。
どう考えても僕らが悪い。今まで沈黙を守っていた彼女が訴えるのも当然だった。
なのに、何故この男は、火に油を注ぐような発言をするのか。
「申し訳ありません! この人たちは、ちょっとおかしいので、僕が代わりに謝ります! すみません!」
これ以上の騒ぎはごめんだ。出来るだけ次の街まで穏便に行きたい。
嫌でも道中は、この幌の中にいなければならないのだ。
そんな思いで、考えるよりも先に謝罪を口にしていた。
「貴方ではありません。そこの三人、お直りなさい」
女性のフードの奥の視線が、僕からサッと他に映ったのがわかった。
同時に彼女の凛としていて、刺さるような声が空気を震わせる。
僕はその視線を辿って、目だけでちらり、ちらりと三人を見た。
この三人が素直に聞き入れるだろうか? 答えは決まっている。否だ。
しかし、予想を裏切って、リーベが真っ先に頭を下げた。
「怖がらせて、申し訳なかった」
「俺も調子乗りすぎたわー。悪い悪い」
続けられたシュトルツの言葉は、謝罪と受け取るにはあまりにも軽いものだったが、彼にしては譲歩したのだろう。
フードの奥から、注がれた視線の先を辿る。エーレだ。
彼は目を閉じて、ため息をついた。その肩が僅かに揺れ、息と共に不満を吐き出すかのようだった。
「俺が謝ってそのお堅い責任感と自尊心が満たされるなら、そうしてやるが?
こっちだって、好きでお前らを護衛してるわけじゃない」
今度は、女性がため息をつく番だった。
「あの方に、聞いた通りの人物のようですね」
あの方――リクサのことだろうか。
リクサが依頼してきた密護衛。彼女と関わりのある人物。レヒト協会、聖律派の神徒。
「何をどう聞いたのか知らんが、そいつの話はするな。気分が悪くなる」
「私は今、あの方の代理人としてここにいます。すなわち、私の意思はあの方の意思です。
このままではこの先、支障をきたすと判断し、謝罪と今後の改善を要求します」
取り合うつもりのないエーレの態度に、女性の毅然とした声が響く。
ピリピリと肌を刺すような緊張感が、場に漂った。
その時になって、ようやくエーレが目を開けた。
彼はどこか一点をしばらく見つめたあと、再びため息をついて、立ち上がる。
彼が何をしようとしているのか……僕は、気が気ではなかった。
この場で、護衛対象を切り捨ててしまうんじゃないか。
しかし再び、目の前で予想外のことが起きた。
エーレが幌の中心に移動し、女性の前で片膝を折って、頭を垂れたのだ。
「不快な思いをさせたこと、謝罪する。護衛達成まで、このようなことがないよう、改めることを約束する」
僕は呆気にとられた。
プライドの塊のような男が、膝を折って、頭を下げるなんて……
形式上の言葉で、気持ちなんてこれっぽっちも籠っていない。
それでも――その姿は、場の空気を一変させた。
「いいでしょう。期待しています」
フードがわずかに揺れて、その奥の瞳は見えなくなっていた。
その言葉を聞いて、エーレは音もなく立ち上がると、元いた場所に座りなおした。
きごちない沈黙の中で、僕は視線を行き来させた。
護衛対象――彼女たちは再び、謎のベールに包まれた。
エーレは腕を組み、頭を伏せて眠る態勢に入っている。
隣の彼を見たシュトルツは、どこか痛みを耐えるように、僅かに顔を歪めていた。
リーベは奥の彼女たちを静かに見据え、そこから感情を読み取ることは出来ない。
幌の中には、消え切らない緊張感と気まずさだけが残った。
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