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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
2章

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52/204

切り取られた一枚の絵

情報屋トラヴィス(自称ヴィクトリア)と対面した、エーレとユリウス。

聖国レヒト教会には、保守派である’’聖律派’’と、改革派である’’新啓派’’がある。

という、話の後――


 




「現在、密護衛の最中だ。

 そこに暗殺ギルドの襲撃があった」



 説明が終わるのを見計らってすぐにエーレが言うと、再びトラヴィスが小さな反応を見せた。

 それはしっかり見ていないと見落としてしまいそうなほどに、些細な反応。


 彼が反応を示したのは、‘’暗殺ギルド‘’という単語なのかもしれない。

 トラヴィスは少し考えるような素振りを見せたあと「そうねぇ、聖国か帝国か」と迷うように答える。



「王国は帝国の手中にあるも同然だし、帝国が聖国と繋がってるのは確かだから。

 その護衛対象の正体が、わからないとなんとも言えないけれど」


「教会の人間だ」


 はっきり言い切るエーレの言葉を聞いて、少しの苛立ちと猜疑心、呆れがない混ぜになった感情を感じた。


「知ってたんですか? 護衛対象の正体」


「偉そうにしてるやつは光の加護持ちだ。見ればわかる。

 それに俺たちに依頼してきたのは、’’聖律派’’だ」


「いや、僕が聞いたとき教えてくれなかったじゃないですか。そもそもリクサ(かのじょ)が、教会の人だってことさえも、初めて聞いたんですけど」


「会えばわかることだろう」


「あのですね……」



 言いたいことが多すぎて、逆に言葉が出てこなかった。

 この男が、僕のことを全くアテにしていないことだけは、よくわかった。

 トラヴィスが僕たちの様子を見て、ふふっと笑いを漏らす。


「エーレちゃんが言葉足らずなのは、今に始まったことじゃないわよ」



 これを言葉足らずで、済ませてしまうことが間違っている。


 喉まで上がってきた反論は、さすがに初対面の人に対して無礼だと思い、飲み込んだ。前の男が続ける。


「でもまぁ、それならやっぱり聖国の差しがねっていうのが妥当じゃない? 教皇側――’’新啓派’’の仕業でしょうね」



 エーレは、賛同するように頷いた。

 頭の中の情報を整理する必要を感じて、短いやりとりを思い返す。



「新啓派を掲げているのは、教皇様ってことですか?」


「そうよ。何せ教皇が即位して発足した派閥だし、教皇が新啓派を先導しているのは有名な話なのよ。

 まぁ、枢機卿の半分が聖律派だし、実質、教皇に対抗できる聖女も聖律派なのが、今のところは抑止力になってるんでしょうね」



 なるほど、と頷く。

 つまり僕たちが、今護衛しているのはその聖律派の人たちで、対立する新啓派の人たちが、暗殺ギルドを動かしている黒幕なのだということか。



「答え合わせになったかしら?」



 トラヴィスはエーレへとウインクする。


 この男がいちいちウインクしないといけないのだろうか――

 ふと、話の流れを遮る気がして聞けなかった疑問が頭に過った。



「あの、さっきの話なんですけど。帝国と聖国が繋がってるのも有名な話なんですか?」




 七年前の王国内乱で、王国の国力は大きく傾いた。結果、帝国の支援を受け、今では帝国なしではいけない属国のようになってしまった。


 これは一部、上流階級の人間なら知っている常識ではあった。

 しかし、聖国は秩序神を主神として掲げ、【どちらにも傾かない天秤】という、立場を守り通してきたはずだった。



「何言ってんだ。帝国と聖国が通じ合ってるのは、今に始まったことじゃない。王国内乱より、もっと以前からの話だ」



 この部屋に入って、初めてこちらに視線を向けたエーレの表情は険しく、明らかな嫌悪をにじませていた。



 帝国の皇太子として、そんな常識も知らないのか――



 そう、責められている気がした。

 仕方ないじゃないか。僕はまだ成人の儀を終える前で、政治には関与させてもらえなかったのだから。

 言い訳と言い知れない罪悪感が胸を渦巻いて、気づいたときにはテーブルの下を見ていた。



「少し前、帝国のレネウスでの群れの嵐(ホルデンシュトゥルム)が起きたのを知っているか?」



 エーレのいつもと変わらない声が、少しだけ上から聞こえた。



「勿論よ。それがどうしたの?」


「あの前後に、何か怪しい動きをしていたところはないか?」


「そうねぇ、帝国はそこの僕ちゃんを探して秘密裏に動いてたくらいだし、王国は特になし。あーそういえば、教会の人たちがそのあたりに巡礼に行っていたとは、聞いたけど」


「巡礼? まぁ、時期としてはおかしくないか」



 巡礼――教会の属する神徒が毎年、早春に各地を巡って祈祷を行う祝辞のことだ。


 巡礼? 僕は勢いよく顔をあげた。



「巡礼を行う神徒って、光の本質を持つ人たちで、構成されてるんですよね?」



 教会の内部も勿論、階級が存在する。

 出世をできる者は、光の本質を持つものと限られると聞いていた。



「まぁ、そうねぇ。とはいっても、徒歩での移動だし、彼らが来る前に群れの嵐(ホルデンシュトゥルム)が起きたみたいよ」


「森に火がつけられた痕跡は?」



 エーレの低い声が割り込んだ。



「どうかしら。群れの嵐(ホルデンシュトゥルム)はそれほど珍しいことじゃないし、そこまではねぇ……調べとく?」


「いや、いい」



 その言葉を最後に、部屋は沈黙が支配した。

 エーレの重い溜息がそれを破り、しばらくして彼は立ち上がった。



「あまりお役に立てなかったみたいね?」


「かまわん。対価はまだ手元にない。わかり次第、伝える」


「あら? 私にとっての一番の対価は、ヴィクちゃんって呼びながらハグしてくれることなんだけど?」



 トラヴィスが楽しげにエーレを見上げる表情が、シュトルツと重なった。

 もしかしたら、同類なのかもしれない。



「馬鹿言え。死んでもごめんだ」



 エーレは、そう言うとさっさと扉の方へ向かっていく。



 それを見て、僕も慌てて立ち上がったとき「僕ちゃん」と柔らかい声がした。


 一瞬、誰の声か――わからなかった。

 けれど、この部屋は、僕たち3人しかいないし、僕ちゃんなんて呼ぶのは、トラヴィスしかいない。



 エーレから視線を移すと、優しい微笑みが向けられていた。

 記憶の隅に埋もれていた、乳母のことが頭に過った。



 トラヴィスは立ち上がり、歩み寄ってくる。その大きな手が頭に優しく置かれる。

 何故かその間、僕は彼から目を離すことができなかった。

 その大きな体が迫ってきて、耳元で数言呟かれた。

 そして彼は、何事もなかったように、スッと離れて僕を見つめた。



「もう一度、言っておくわね。私は、僕ちゃんの味方よ」



 微笑んだまま、わずかに首を傾けた彼を見て、背中から頭に衝撃が流れた。



 また、あの感覚――



 船の上と同じ、強烈な既視感が、体を支配した。



 彼の言葉もその表情も、黒曜石のような瞳から向けられる眼差しも、頭から伝わる温もりも、後ろで扉が空く音も。


 その全てが一枚の絵に収められたような。

 その絵の中に、僕は存在したことがあったような。



「おい、行くぞ」



 背後からから聞こえた、刺さるような声に、ハッと意識が手元に戻ってくる。

 衝撃は体をすり抜けていったものの、胸には経験したことのない感情が、沸々と湧き上がってきた。



「じゃあね、僕ちゃん。また会いましょう」



 手を振る男を見て、何故か泣いてしまいたい気持ちになった。



 この感情は一体なんなんだ。どうしてこんな気持ちになるんだ。

 こんな感情――僕は知らない。



「おい」と再びエーレの声が聞こえて、後ろ髪を引かれる思いで、扉へと足を進めた。


 部屋を出る前に見たトラヴィスの背は、やはり初めて見る人のものだった。








ややこしいと思うので、一応補足として。


王国は現在、帝国の属国のようになっている。

帝国と聖国は、王国内乱の前からすでに通通の関係だった。


エーレたちが護衛している3人は、聖国のレヒト教会の聖律派(保守派)である。

この依頼をよこしたリクサも聖律派の人間(神の化身だが)である。

対立する新啓派(改革派)が暗殺ギルドを使って、襲って来た。


という感じです!!!

まぁ、面倒なら覚えなくていいと思います!!(いいんかい


ここまで、読んでいただきありがとうございました!!


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成長/革命/復讐/残酷/皇族/王族/主従/加護/権能/回帰/ダーク/異世界ファンタジー
― 新着の感想 ―
トラヴィス(CV.子安武人) …って考え出したらそれしか頭に残らなくなってしまった。 後書の補足説明助かります。
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