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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
2章

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地下に咲く秘密の花

 



 王国の湾港都市――ヴェルティアを発って、荷馬車で六日目。



 交易都市ラデスタに到着した。



 荷馬車の馬を替えるためシュトルツは厩舎に行き、護衛対象が寄りたいところがあるとの申し出に、リーベが護衛として付き添うことになった。



 残された僕とエーレは一足先に宿屋へと向かうことになり、迷う素振りもなく扉を潜ったのはどこにでもある宿だった。



 受付で、すぐに四室を確保するとエーレが足を向けたのは部屋ではなく、何故か地下に続く階段。

 反対方向へと行く彼の背を見て、くすんだ生成りのシーツが頭によぎった。


 ああ、真っ白な肌触りの綿のシーツが恋しい。

 そんな贅沢は言わないない。せめて……

 

 部屋で僕を待っているだろう――ベッドへの郷愁が湧き上がる。


 けれど、有無を言わせない「ついてこい」との言葉に、渋々ついていくしかなかった。





 階段の先。ドアベルが頭上でした後、すぐに鼻をついたのはアルコールの匂いだった。

 中は少し薄暗い。橙の蛍光灯に反射した光が視界の端で煌めいた。


 カウンターの奥の棚に綺麗に並べられている瓶の数々。酒瓶だ。



 どうやら、地下はバーが併設されているらしい。


 陽は暮れようとしていたけど、まだバーでお酒を飲むには時間が早いのか――客が数えるくらいしか入っていない。



「ヴェラウイスキー二つ」



 エーレは迷うことなく、カウンターの椅子に腰かけると、目の前の男に注文した。

 注文を受けた男は「少々お待ちください」との声と共にちらりとエーレを一瞥だけして、席を外した。



 ウイスキー?

 そんなもの僕は飲めない。そもそも、エーレがお酒を飲んでいるところなんて、見たことないのに……


 すぐ前の漆黒の髪は、振り向こうとすらしない。

 仕方なく、僕もエーレの隣に座ることにした。



 しばらくして戻ってきた男性は、赤く揺れるワイングラスを二つ、僕たちの前に置いた。

 ウイスキーと注文したはずなのに、出てきたのはワイン。


 注文とは違うお酒に、エーレが文句ひとつ言うことなく一口だけ口に含んだのを見て、僕は思わず二人の間に視線を行き来させる。


 バーテンダーの男性はグラスをクロスで拭きながら、目だけでエーレの様子を見ていた。



 僕の聞き間違えだったのだろうか――


 前にあるワインが目に入って、それをジッと睨んでみた。

 睨んだってワイングラスの中身が減ることはない。



「僕、飲めないんですけど」


「飲む必要はない。しばらくじっとしとけ」



 そういうエーレもそれ以降、ワイングラスに口をつけなかった。


 慣れないバーという場所。落ち着かない。

 どうにかそれをやり過ごそうと、目の前で丹念にグラスを拭いていく男性の手元を見つめる。



 エーレは何かを待っているようだ。

 男性の手元を見るのにも飽きてきて、ふと隣のエーレに目を向けると、彼はしきりに壁にかけられた時計を見ていた。


 今度はその回数を数えることにした。



 十回を超えたくらいから、バーの扉にかけてあったドアベルの音が、頻繁に聞こえるようになった。

 僕の隣に男女のペアやってきて、楽しそうに話し出す。


 つい、そちらに目をやりたくなったが、ぐっと堪えた。



 更に時計を見るエーレの動作が、八回繰り返されたとき――



「おまたせぇ~、遅くなってごめんねぇ~」



 引っかかるような、きごちない声色が背後からした。

 隣でエーレが顔を顰めている。



 その声の主であろう――足音が近づいてきているのがわかった。


 まさか、と思って振り返ると、そこにはエーレより二回りは大きい男性がいた。

 目が合うと、彼はウインクを飛ばしてくる。


 ほぼ同時に隣でエーレが素早く立ち上がり、唸るような声で言った。



「遅い」


「相変わらず怖い顔しちゃって~。私ちゃんと謝ったでしょ~?」



 本来のトーンを無理やり引き上げた不自然な声が耳に張り付き、思わず顔が引きつってしまうのを感じた。

 エーレは、この男性を待っていたらしい。



「待たせたお詫びに、奥の部屋でイイコトしましょ」



 男性はそう言って、エーレの肩を抱く。

 エーレは諦めたような顔で、その手を振り払おうとはしない。


 カウンターの先にある――扉へと向かう二人を、僕は呆然と見ていることしか出来なかった。



 並ぶと、あのエーレが小さく見える。

 男女の視線が二人の背中に注がれていた。



「さぁ、僕ちゃんもこっちへどうぞ」



 男性は勢いよく振り向くと、再びウインクを飛ばしてきた。


 隣の男女がそれにつられるように僕を見た。想像もしたくない勘違いをされているに違いない。



 首だけ振り返ったエーレが「さっさとこい」というように、顎をしゃくる。

 短気なエーレが我慢してまで会おうとしていた男性だ。何かわけがあるのだろう。



 僕は勢いをよく立ち上がって、そのあとを追うことにした。





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成長/革命/復讐/残酷/皇族/王族/主従/加護/権能/回帰/ダーク/異世界ファンタジー
― 新着の感想 ―
え…イケナイ、ことぉ? エーレとどんな関係のある人なんでしょうか…
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