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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
2章

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揺れる光、静かな距離

 




 僕は、何度か幌の方を気にしながら、護衛対象が休んでいるところへ向かった。


 シュトルツの言った通り、悲鳴は聞こえてこない。



 護衛対象の元へとたどり着くと、彼女(だと思われる)たちは倒木をうまく利用して、暢気にお茶をしていた。


 その手には、この旅が始まって何度も見かける綺麗なカップがあった。



 どうして、割れ物なんかを持ち歩いているのか――不思議に思って、尋ねたことがある。

 付き人らしき一人が、教えてくれた。



 そのカップには光の魔鉱石が練りこまれてあって、毒物を感知し、浄化することが出来るようになっているのだと。



 常に毒物を警戒しなければいけない生活――

 それが当たり前になっている彼女たちは、何者なのだろうか。


 気になって、そのこともエーレにそれとなく、聞いてみた。



「任務に差し障りがない限り、蜜護衛はお互いに詮索しないことが暗黙の了解だ」



 返答は期待していなかったけれど、そう一蹴された。


 今こうして刺客まで送られてきているのに、お互いのことを素性も知らないままでいるのは、すでに任務に支障をきたしているのではないか?


 とはいえ、独断で彼女たちのことを問いただすのも躊躇われる。


 そもそも話してくれるとも限らない。



 ふと、視線をあげると、彼女たちがこちらに気づいたのがわかった。

 思わず小さく会釈をすると、一人が歩み寄ってきた。



「お疲れでしょう? よければ、どうぞ」



 声からして、以前カップのことを教えてくれた人物だろう。


 ただ、見分けるのは難しい。

 三人とも同じ白いローブを纏い、深く被っていて、誰が誰なのか判然としない。



 器用にフードを崩さぬまま、お茶を口に運ぶ彼女たちを見ながら、この六日間の旅を振り返る。



 行動は共にしていながらも、食事や睡眠の時には、彼女たちは距離を取るようにしていた。


 彼女たちは、僕たちが近くにいると決して、顔を見せようとはしない。


 そこまでして正体を隠したがる理由が何なのか。

 気になるが――エーレの言葉を思い出す。



 少し距離を保っていても、結界があるから、遅れはとらない。

 そう、自信を持ってリーベが言うのだから、問題ないのだろう。



 移動中こそ共にいるものの、休息時は常に別行動だった彼女たち。

 だから、こうしてお茶に誘ってくれたのは初めてだった。



 それがなんとなく嬉しくて、有難く受け取ることにする。


 光を受けて、カップに練りこまれた魔鉱石が微かに光る。

 透き通った茶色の液体が、静かに揺れていた。



 王国特有のお茶だろうか?


 嗅ぎなれない香りと口に含んだことのない味。

 けれどここ数日、水と保存食しか口にしていなかった僕にとっては贅沢な味に思えた。



 口から鼻腔まで漂うそれに混じって春の匂いが風になってやってくる。


 そんな瞬間にふと思った。


 いつの間にか、外の世界での生活も慣れてきている。

 六日間、水と保存食だけの食事――前の僕なら、到底想像もつかないことだった。



 確かに物足りなさもある。でも、それが気にならないほど、今の旅はあらゆる刺激で満ちていた。


 贅沢をいうならば、もう少し穏やかに過ごせたらいいのだろうけれど……


 彼らと僕が目指している先に、しばらくそんな平穏は望めそうにない。



 そう考えながら、湯立つカップを見つめていると、不意に後ろから足音が聞こえてきた。



「え、なになに? ご馳走になってんの?」



 シュトルツが、興味津々に覗き込んでくる。

 その様子に、先ほど僕にお茶を勧めた女性が、彼にも同じように差し出した。



「いやぁ、悪いねぇ」



 シュトルツは喜々として受け取り、リーベは「いや、私は」と渋りながらも、結局お茶を受け取った。



 フードの奥から、三人の視線を感じる。


 僕たちを見ているのか、それとも別の何かを考えているのかはわからない。


 彼女たちは、やはり何者なのだろうか。

 けれど、今はただ静かに、このひとときを味わうことにした。










「そういえば、あの人は……」



 ふと思い出して、幌の方へと視線を投げると「あー」とシュトルツが口ごもった。



「おい、お前ら」


 

 その時、どこからともなく現れたエーレの不機嫌な声が飛んできた。



「あ、エーレさん。美味しいよ? 飲む?」



 シュトルツが口端を引き上げるようにして口を緩め、エーレを振り返ると同時に、付き添いの女性が気まずそうに「六客しかなくて……」とぼそっとこぼした。



「だって、残念。俺の飲みかけだけど、どう?」



 続けられた冗談めかした言葉。そんな彼にエーレは冷たく一瞥を向けた。



「いるわけねぇだろ。お前ら、よく暢気に人に淹れた茶なんて飲んでるな」


「息抜きは大事だって。ほらこれ、光の魔鉱石が入ってるみたいだし」



 その会話を聞いて、僕は思わず驚く。

 シュトルツはカップを一目見て、光の魔鉱石が練りこまれていると見抜いたのだ。


 ちらりと彼の持つそれに視線をやったエーレは呆れたように、ため息をついた。



「いいから、報告しろ」



 そうだ。先ほど僕も聞こうとしていた――暗殺ギルドの情報だ。

 するとやはり、シュトルツは言いづらそうに口ごもると、リーベを見た。



「奥歯に毒薬を仕込んでいて、目が覚めた途端、自害した。

 すまない、すっかり失念していた」



 シュトルツの代わりに、リーベがそう謝る。


 エーレとシュトルツは面倒であったり、言いづらいことは全てリーベに代弁させようとする。

 その様子を見ていると、なんだか、リーベが気の毒に思えてきた。



「そうか、俺も言い忘れていた」



 そして案外、エーレはリーベが言うと激怒することはない。

 シュトルツもそのあたりをよく知っているのだろう。



「情報を漏らす前に自害するなんて、見上げた忠誠心だねぇ。

 見習いたいもんだ」



 一方、シュトルツは全く悪そびれる風でもなく、むしろ楽しげに言った。

 そんな彼をエーレは静かに睨んだ。



 シュトルツは、まるで意図的にエーレを煽っているかのように口を滑らせることが多いが、リーベは絶対にそんなことはしない。


 そうなると、この対応の差は当たり前なのかもしれない。




 それにしても……エーレとシュトルツはどんな経緯で知り合ったのだろう。


 エーレとリーベが、元は利害の一致であるということは聞いていた。




 時折、二人が言い合っている様子が、じゃれているように見えることすらある。


 勿論、シュトルツが一方的にじゃれついて、エーレがそれを嫌がっているという図ではあるが。


 その様子を見ると、二人は長い付き合いなのかもしれない。




 けれどそれは、どこまでも憶測の話であって、きっとそんなことを聞いても答えてくれることはないのだろう。

 僕はそう思って、考えることをやめた。



 その時ふと視線をやった先で、リーベのカップにほとんど中身が残っているが見えた。







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