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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
2章

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暗殺ギルド

荷馬車で移動中に、襲って来た謎の黒ずくめたちをシュトルツが蹂躙し、気絶してはいるが、生け捕りにした2人を連れて、川のある場所で休憩することに。

ルシウスは10日前に、謎のフードの人物から「ルシウス」という名を与えられたことを思い出す。

神の化身――リクサを名乗る女性からの依頼。密護衛の最中であった。




 とりあえず……



 僕は今一度、思考を巡らせた。

 馬がいないと、どうにもならないので、馬を馬車の近くに移動させることにしよう。



 慣れない馬の手綱をどうにか引きながら、荷馬車の近くに来ると、幌の中に三人の姿が見えた。

 手の中の手綱だけを近くに結んでおいて、幌の中を覗いてみる。


 三人は黒ずくめの二人を囲んで、なにやら話しこんでいるようだった。



「何してるんですか?」


「あっちいってろ」



 すぐさまエーレが犬を追い払うように手を払ってきた。



「護衛対象、放り出しておいていいんですか?」


「結界を張ってないわけないだろう。いいから、あっちいってろ」



 そういえば……

 こういう時は常にリーベが結界を張っていたのを思い出す。


 まだ気絶している男たちを見ているエーレの口調は、いつにも増して雑だった。



「あまり見ていて、気分のいいものではないと思うから、エーレの言う通りにしておいた方がいい」



 黒ずくめを一瞥してこちらへとリーベが視線を投げてきた。

 

 その彼の言動から何をしようとしているのかは、ある程度察しがついた。


 襲ってきた訳ありの人物に対して、まずすることと言えば――その正体、もしくはその手引きをした黒幕の情報を得ることだろう。



 まだ意識も取り戻していない相手に、どうやって情報を引き出そうとしているのだろうか。


 さすがに拷問にかけると言われると、エーレの言う通りにするつもりだったが、見ている限りそうでもなさそうな雰囲気だ。



「魔法を使って、情報を引き出すんですか?」



 僕がどこかへ行く気がないと悟ったらしいエーレが、顎で幌の中を指した。



「水の魔法でも、共感を用いてある程度は人の情報を引き出せることはできるが、特定の情報を引き出すには向いていない。

 水は、相手の強い記憶や感情が先にくるからな。

 闇の魔法はその上位互換だ。相手の記憶や感情を網羅できる。その上、相手と縁のある者の情報もある程度引っ張ってこられる」



 エーレはこの類の話になると、たまに饒舌になる。

 闇の力はどの力よりも優秀な気がする。しかし、それを扱える人間はほとんど存在しない。



 貴重な闇の魔法を、使うところを見てみたい――ただの好奇心だった。



 おもむろにエーレが、黒ずくめのうちの一人の額に手をあてた。


 ぞわりと、何かが肌を撫でるような感覚。

 規模は小さいが、深くて底のないような生命力の波動が伝わってきたのを一拍遅れて気づいた。



 彼が魔法を使っても、結局、なにがどうなっているのかはわからないだろう。

 それでも、何をどこまで、情報を引き出せるのかは興味があった。



 けれど、エーレが力を使った瞬間――


 黒ずくめの男の首あたりから、黒い穢れにも似た靄が立ち上り、男を一瞬にして覆った。

 更に男の口から怨霊が叫ぶような声が漏れだす。


 その光景に、背筋に怖気が走った。



 恐ろしいものを目のあたりにしているはずなのに、自然と見開いてしまった目は、男から離せない。

 靄はしばらくすると男から離れて、宙を舞い、どこかへ消えていくのを視界の端で捉えた。



 数瞬の沈黙。

 前から聞こえてきたため息でハッと我に返り、それを追った先で、エーレがうんざりしたように瞑目したのが見える。



「やっぱり無理か」


「まぁ、力の介入に条件付けられてるんだから、しょうがないよ」



 シュトルツが宥めるような声が挟まれた。



「条件付け? 何が起こったんですか?」



 まるで、失敗することを知っていたような口ぶりだ。

 シュトルツが黒ずくめの男をうつ伏せになるようにひっくり返すと、襟元を下ろした。



 首の後ろ――うなじより、少し下に黒い宝石のようなものが埋め込まれている。



「これ。壊そうとしたり、相手の記憶を覗こうとすると反応するようになってるんだよねぇ」



 ちなみに闇の魔鉱石、と彼はつづける。



 魔鉱石。

 天然の鉱石にはそれぞれ精霊と相性がよく、力を溜めやすい性質を持つものが存在する。

 それに魔法を溜めると、制限付きではあるが、その魔法を使用できるというものであった。



 条件付け。つまり条件によって、発動する種類の魔鉱石なのだろう。

 けれど重要なのはそこじゃない。闇の魔鉱石――つまり闇の力を使える人が、作り出したものだということだ。



「一体、誰が……それに魔鉱石を、体に埋め込むなんて……」



 魔鉱石は通常、装飾品などにして持ち歩く。

 体に埋め込むなんて使い方は普通しない。



「この人、大丈夫なんですか?」



 先ほどの人のものとは思えない叫び声を上げた男は、未だに目を覚ます様子はない。



「運がよければ、記憶が飛んだくらいだろう」



 やはり一連の様子にも全く表情を変えないリーベは、変わらず覚めたような口調だった。



「運が悪かったら……?」



 その問いに彼はちらちと僕を見て、再び男へと視線を落とす。



「自我が崩壊する」



 思わず息を呑んだ。



 自我が崩壊? わかる、頭では理解はできる。でもピンとこないし、想像もつかない。


 そこまでして、口止めしなくちゃいけないこと?

 この人たちは、それを知った上で、こんなものを体に埋め込んでいるんだろうか?



「こいつらの狙いは護衛対象だろうし、後ろについているやつは大体見当はついている。

 俺が聞き出したかったのは、こいつらの頭の現在の拠点だ」


「いや、だから僕は、この人たちの正体すら知らないんですって。

 逆に、僕が知ってることの方が少ないって、そろそろわかってくださいよ!」



 僕が知っている前提で話を進めようとするエーレにそう訴えると、彼は何かを考えるように沈黙した。



「そうだったな」



 一拍置いて、納得したように彼は頷く。珍しく素直に聞き入れたらしい。



「首の後ろに闇の魔鉱石(これ)をつけているやつを見かけたら、そのほとんどが暗殺ギルドだと思っていい」





 ――暗殺ギルド。



 噂では聞いていた。実在していたんだ……

 レギオンと違って、ギルドにはその技能によって、その数だけのギルドが存在する。




 鍛冶師や錬金術師、彫金師、裁縫師など数多くわかれていて、それをまとめる形で生産ギルドと呼ばれている。


 勿論、戦闘職としてのギルドもあるが、基本的に実戦の依頼を請け負うことはほぼなく、戦闘を習得するための場所として機能していた。

 

 各国首都には、それらをまとめるギルド協会が設置されている。


 

 一方、レギオンは国に依存する形を取らずに、独立した権限を持っている――準自治権を持つ特例組織だ。


 そのため、所属するクランの身元を保証し、時には保護することだってある。

 それはレギオンが各国との信用の上に、築き上げた権利であった。


 そういうわけもあって、レギオンは暗殺依頼を誰かから受理することはないし、そんな依頼を所属するクランにさせることもない。



 しかし世界には勿論、暗殺などの裏稼業を請け負う人たちもいる。



 ――それが暗殺ギルドだった。




闇の魔鉱石(これ)の出どころは暗殺ギルドの頭だ。これからも邪魔してくることはあるだろうから、早めに潰しておきたい」


「つまり、暗殺ギルドのギルドマスターは、闇の魔法を使えるってことですか?」



 その疑問に対して、エーレは頷くだけだった。

 実在すること自体、今知った暗殺ギルド。そのマスターが闇の本質の保持者。



 ぼんやりとした真っ黒な靄を見ている気分だった。



 エーレも闇の魔法が使えるとしても、そんな人を相手取って戦おうとしているなんて、彼は何を考えているのか。


 そもそも、これから先も暗殺ギルドが介入してくるような依頼を請け負うつもりなのだろうか。



「暗殺ギルドに依頼した、黒幕っていうのは……?」



 立て続けに質問した僕に、エーレは考えるようにしたあと立ち上がった。



「そのうちわかるだろう。それに俺たちへの依頼は首都に送り届けるまでだ。

 黒幕が誰であれ、知ったこっちゃない」



 それだけ言うと、幌の外へ向かう。



「原始的な方法でもなんでもいいから、情報を吐かせておけ」



 彼は外に出る前に一度だけ振り向いくと、それだけ言い残して行ってしまった。

 

 僕は呆然として、消えていった背中があった先を見る。

 去り際にいった彼の言葉が反芻された。



 原始的な方法?


 嫌な予感がしてシュトルツを見ると、にっこりと微笑まれた。



「お子ちゃまには刺激が強いから、出て行ったほうがいいと思うけど?」


「リーベは?」


「立ち会いたくはないが、この男だけに任せていると、度がすぎるから付き合うしかない」



 仕方ないという風に首を振るリーベ。



「隠蔽の魔鉱石、使うから安心して。悲鳴が聞こえることはないよ」



 シュトルツはそう言って、僕を追い出すと幌を閉めた。



 視界を覆った黄なり色。

 この先で、今から起こるだろうことが自然と頭に過って、背筋に寒気が走った。





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