賜名―ルシウス
二人の待つ席に戻ると、テーブルを埋める量の料理が待ち構えていた。
今ではもう見慣れたもので、何がどんな味かも容易に想像がつく品々。
僕が好きなものもあって、急激に空腹を感じた。
「あのくそ女、何が提案だ。もうカロンに依頼、受け付けられてたじゃねぇか」
乱雑な動きで椅子に座るや否や毒を吐くエーレと、用意してたように食事を勧めるシュトルツ。
そんな光景も見慣れたものになっていた。
「まぁいつものことじゃん? 俺たちはあの人の駒みたいなもんなんだし」
「駒だった記憶は一度もねぇよ」
また僕をおいてけぼりにして、話を始めようとしている。
そっと椅子を引きながら、お腹の底から深いため息が漏れた。
この人たちは、説明をするということを本当に面倒くさがる。
「あの」 思ったより声が大きく響いた。
「とりあえず、そろそろ説明してもらってもいいですか?」
誰とは言わずに、それぞれをちらっと見渡した。
シュトルツはリーベを見る。エーレも顎でリーベを示した。
彼らの示した方を追ってリーベに視線を留めると、黙々と食事をしていた彼は咀嚼したあと、飲み物を飲み、小さくため息をついた。
この二人は、面倒ごとは全てリーベに丸投げしていく。
「リクサ――私たちが、そう呼んでいる女性がいる。
制約の話をしただろう? 彼女はその加護枷をエーレに与えた人だ」
制約――エーレたち三人は、神の加護と権能を持っている。
その経緯は、聞かされていない。
その力が強大すぎるとして、反対の意を唱えた他の神から、加護枷という制約も同時に与えられていた。
「え? 加護枷って……じゃあ、神様ってことですか?」
「正しく言えば神の化身だ。普段はこちらに干渉も介入もしてこないが、双方の利害の一致が起こる件に関しては、今回のように使者を送ってくる。
彼女にも利があって、こちらも今後を見越して関わっておいたほうがいいことや、解決しておいた方がいいことを、こうやって提案してくるわけだ」
「でもそれ。神の化身なら、そのリクサって人で解決できるんじゃ」
「あの人も表立って動けない事情がある。それに基本、彼女は傍観者で自分からは行動を起こさない」
「なんかもう色々とややこしそうですね」
ややこしいなんてものじゃない。
彼らの正体も未だ詳しく知らないというのに、神の化身などと言われても正直ピンとこなかった。
神の加護も、神の化身の制約――加護枷やらも。
リーベに説明を丸投げしたシュトルツに視線を移すと、あらゆる料理を口の中に押し込めている最中だった。
それを見た時、一度にやってきた情報が頭の中で動きを止めた気がした。
「とりあえず、エーレさんに制約を与えた、にっくき相手だと思っておけばいいよ。
俺らもあの人嫌いだし」
「食べながら話さないでください。飛んでくるじゃないですか」
「君こそ、そろそろその高貴な立ち振る舞いから卒業するために、俺を見習うべきだろ。’’ルシウス’’?」
まるで、他人の名前を聞いているみたいだ。
今、つけられた名前なのだから、それも当然だ。
ユリウスとは、二文字しか違わない。でも違和感がすごい。
でもたしかに、所作はもう少し改めた方が、いいかもしれない。
ルシウス――この大陸では、聞かない名前。そういえば……
「貴方たちの名前も、そのリクサって人がつけたってことですか?
正直、知らない人から、いきなり名前がルシウスだって言われても……
嫌いな癖にどうして、大人しくその名前を使ってるのか、正直わからないんですけど」
会ったこともない、そのリクサという人物に、’’今日からお前はルシウスだ’’
なんて言われても、受け入れ難い。
そんな気持ちを込めて、言っただけだった。
その時、三人はピタリと手を止めて、一瞬だけ沈黙した。
それは何か聞いてはいけない地雷を踏んだような間に思えた。
「あーそういえば」
しかし、すぐに何もなかったようにシュトルツが言葉を繋いだ。
彼の常とう手段だとすぐわかったけど、あのまま気まずい沈黙が続くよりはマシだった。
「ルシウスが、古代言語覚えたいらしい。エーレさん」
「ん? ああ、霊奏か」
「霊奏?」
エーレの口から出た、知らない言葉に、すかさずリーベが補足してくれた。
「古代言語で、精霊と会話することの俗称だ」
「別に俺に聞かなくても基礎や発音だけなら、とりあえず、少しずつ覚えていけばいいだろ。
どうせ、精霊が応えるレベルに到達するには、時間がかかる」
エーレは鬱陶しげにいいながら、シュトルツの取り分けた料理を口に運ぶ。
「らしい。まぁ、おこちゃまの教育係はリーベだから頑張って。
まぁ、古代言語を覚えたら、リクサがつけた名前の意味も、おのずとわかるようになるよ」
その隣で、相変わらず口の中を料理でパンパンにしながら、シュトルツが手に持つフォークを振った。
つまり僕を含めた、四人の名前は古代言語ということらしい。
何か意味があってつけられたみたいだ。
どういう意味なんだろう。
エーレ、シュトルツ、リーベ。そして――
「ルシウス」
気づけば、確かめるようにもう一度呟いていた"僕の名前"
結局、それ以上詳しいことを彼らは教えてくれなかった。
古代言語は勉強し始めたけれど、単語の学習にすら、まだ届いていない。
「先は長いなぁ」
雲の流れが速い。
どんどん形を変えていくから、ずっと見ていられそうだった。
いつの間にか近くにいたシュトルツはいなくなっていて、馬だけがいる。
放っておいて大丈夫なのだろうか。
気になって馬車の辺りを見ると、目に入るところに護衛対象さん人がいるのに、肝心なあの三人がいない。
馬を放っておいていいのか。それよりも、あの三人がどこにいるのか確認するべきか。
それとも護衛対象の近くにいたほうがいいのか。
僕は数秒だけ悩んで、立ち上がった。




