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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
2章

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賜名―ルシウス

 





 二人の待つ席に戻ると、テーブルを埋める量の料理が待ち構えていた。


 今ではもう見慣れたもので、何がどんな味かも容易に想像がつく品々。

 僕が好きなものもあって、急激に空腹を感じた。



「あのくそ女、何が提案だ。もうカロンに依頼、受け付けられてたじゃねぇか」



 乱雑な動きで椅子に座るや否や毒を吐くエーレと、用意してたように食事を勧めるシュトルツ。

 そんな光景も見慣れたものになっていた。



「まぁいつものことじゃん? 俺たちはあの人の駒みたいなもんなんだし」


「駒だった記憶は一度もねぇよ」



 また僕をおいてけぼりにして、話を始めようとしている。


 そっと椅子を引きながら、お腹の底から深いため息が漏れた。

 この人たちは、説明をするということを本当に面倒くさがる。



「あの」 思ったより声が大きく響いた。


「とりあえず、そろそろ説明してもらってもいいですか?」



 誰とは言わずに、それぞれをちらっと見渡した。


 シュトルツはリーベを見る。エーレも顎でリーベを示した。


 彼らの示した方を追ってリーベに視線を留めると、黙々と食事をしていた彼は咀嚼したあと、飲み物を飲み、小さくため息をついた。

 この二人は、面倒ごとは全てリーベに丸投げしていく。



「リクサ――私たちが、そう呼んでいる女性がいる。

 制約の話をしただろう? 彼女はその加護枷をエーレに与えた人だ」



 制約――エーレたち三人は、神の加護と権能を持っている。

 その経緯は、聞かされていない。


 その力が強大すぎるとして、反対の意を唱えた他の神から、加護枷(かごか)という制約も同時に与えられていた。



「え? 加護枷(かごか)って……じゃあ、神様ってことですか?」


「正しく言えば神の化身だ。普段はこちらに干渉も介入もしてこないが、双方の利害の一致が起こる件に関しては、今回のように使者を送ってくる。

 彼女にも利があって、こちらも今後を見越して関わっておいたほうがいいことや、解決しておいた方がいいことを、こうやって提案してくるわけだ」


「でもそれ。神の化身なら、そのリクサって人で解決できるんじゃ」


「あの人も表立って動けない事情がある。それに基本、彼女は傍観者で自分からは行動を起こさない」


「なんかもう色々とややこしそうですね」



 ややこしいなんてものじゃない。

 彼らの正体も未だ詳しく知らないというのに、神の化身などと言われても正直ピンとこなかった。



 神の加護も、神の化身の制約――加護枷(かごか)やらも。

 リーベに説明を丸投げしたシュトルツに視線を移すと、あらゆる料理を口の中に押し込めている最中だった。


 それを見た時、一度にやってきた情報が頭の中で動きを止めた気がした。



「とりあえず、エーレさんに制約を与えた、にっくき相手だと思っておけばいいよ。

 俺らもあの人嫌いだし」


「食べながら話さないでください。飛んでくるじゃないですか」


「君こそ、そろそろその高貴な立ち振る舞いから卒業するために、俺を見習うべきだろ。’’ルシウス’’?」



 まるで、他人の名前を聞いているみたいだ。

 今、つけられた名前なのだから、それも当然だ。


 ユリウスとは、二文字しか違わない。でも違和感がすごい。


 でもたしかに、所作はもう少し改めた方が、いいかもしれない。



 ルシウス――この大陸では、聞かない名前。そういえば……



「貴方たちの名前も、そのリクサって人がつけたってことですか?

 正直、知らない人から、いきなり名前がルシウスだって言われても……

 嫌いな癖にどうして、大人しくその名前を使ってるのか、正直わからないんですけど」



 会ったこともない、そのリクサという人物に、’’今日からお前はルシウスだ’’

 なんて言われても、受け入れ難い。


 そんな気持ちを込めて、言っただけだった。



 その時、三人はピタリと手を止めて、一瞬だけ沈黙した。

 それは何か聞いてはいけない地雷を踏んだような間に思えた。



「あーそういえば」



 しかし、すぐに何もなかったようにシュトルツが言葉を繋いだ。

 彼の常とう手段だとすぐわかったけど、あのまま気まずい沈黙が続くよりはマシだった。



「ルシウスが、古代言語覚えたいらしい。エーレさん」


「ん? ああ、霊奏か」


「霊奏?」



 エーレの口から出た、知らない言葉に、すかさずリーベが補足してくれた。



「古代言語で、精霊と会話することの俗称だ」


「別に俺に聞かなくても基礎や発音だけなら、とりあえず、少しずつ覚えていけばいいだろ。

 どうせ、精霊が応えるレベルに到達するには、時間がかかる」



 エーレは鬱陶しげにいいながら、シュトルツの取り分けた料理を口に運ぶ。



「らしい。まぁ、おこちゃまの教育係はリーベだから頑張って。

 まぁ、古代言語を覚えたら、リクサがつけた名前の意味も、おのずとわかるようになるよ」



 その隣で、相変わらず口の中を料理でパンパンにしながら、シュトルツが手に持つフォークを振った。



 つまり僕を含めた、四人の名前は古代言語ということらしい。

 何か意味があってつけられたみたいだ。


 どういう意味なんだろう。



 エーレ、シュトルツ、リーベ。そして――













「ルシウス」


 

 気づけば、確かめるようにもう一度呟いていた"僕の名前"


 結局、それ以上詳しいことを彼らは教えてくれなかった。

 古代言語は勉強し始めたけれど、単語の学習にすら、まだ届いていない。



「先は長いなぁ」



 雲の流れが速い。

 どんどん形を変えていくから、ずっと見ていられそうだった。


 いつの間にか近くにいたシュトルツはいなくなっていて、馬だけがいる。


 放っておいて大丈夫なのだろうか。



 気になって馬車の辺りを見ると、目に入るところに護衛対象さん人がいるのに、肝心なあの三人がいない。


 馬を放っておいていいのか。それよりも、あの三人がどこにいるのか確認するべきか。

 それとも護衛対象の近くにいたほうがいいのか。



 僕は数秒だけ悩んで、立ち上がった。





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