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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
2章

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リクサより提案

 




 少し西に移動すると川があった。


 

 僕は早速疲れた体を少しでも癒そうと、川沿いの地面へ体を投げ出していた。


 青々とした空が眼前に迫ってくる。

 ずっと見つめていたいけれど、空から降り注ぐ日差しが目を焼いて、視界の端がチカチカした。



 ふと右側から最近聞き慣れてきた蹄の音に首を傾けると、馬と黒いコート。コートの隙間からの長い足が見えた。


 そのまま視線を上になぞると、涼しげな顔のシュトルツの顔。


 黒ずくめ集団を相手に、あれだけ暴れまわったのに……

 彼はやっぱり鬼神なのかもしれない。




 何故かため息が漏れ出た。

 体に積もっていく倦怠感。顔を洗えば少しでもすっきりするだろうか?


 思ったものの、一度地面に座り込んでしまったら、もう動く気が起きなかった。


 荷馬車に揺られていただけだったのに、思ったより体力を削られてるなぁ。

 どこか他人事のように口の中で呟いきながら、もう一度、空へと視線を戻す。


 眺めた空には、軽やかな雲がいくつも漂っていて綺麗だった。



「ルシウス」



 ぽつり、そう口にしてみる。

 その名前が与えられたときのことが、頭に過った。



 あれは確か、十日前くらいだったはず――







 ◇◇◇







 長い船旅を終え、王国の港街ヴェルティアに到着した。



 今後の行動について話し合うため、レギオンの宿屋を借り、エーレの招集で食堂へと向かった。

 湾港都市(レネウス)で予想外の出費があったため、路銀の補充をすべく、レギオンでの依頼を受けるらしい。



 僕がリーベと共に食堂に着いたときには、すでにテーブルの上には三枚の紙が並べてあった。

 シュトルツが早速、その三枚の用紙を僕とリーベの前へと置く。



「どれがいいと思う?」


「浄化依頼と護衛依頼、討伐依頼か」



 リーベはそれらを一瞥するだけで、概要を把握したようだった。



「急ぎ路銀が必要なら、まとめて受ければいいだろう?」


「そうしたいのは山々だが、一クランにつき同時に二件までしか受けれん。

 それに護衛は二人以上必須だ。他は報酬が悪い」



 エーレが不機嫌そうに答える。



「そうなるとまぁ、無理があるよねぇ。浄化と討伐をささっと終わらせて、そのあと護衛でよくない?」



 まだ昼だというのに、エールを飲みながら言うシュトルツは、心底面倒くさそうだった。

 三人の会話を聞いていると、まるで今からお遣いにでもいってくるような軽さだ。



「パーッと稼げて、首都に進める依頼とかがあればいいんだけどねぇ」



 このまま北上して首都に進む――どうやら彼らの次の目的地は、王国の首都エルディナらしい。

 エーレからまだ今後の方針は聞かされていない。



 ()()()()()()()()()()()()()()()



 そのために、今後彼らはどうやって動くつもりなのか、僕は何をすればいいのか。

 とりあえず、路銀を補充するために依頼を受けるにしても、僕で出来ることはやりたい。


 彼らもそのつもりで、僕を連れて行こうとしていたはずだった。



 そう思い、口を開こうとした。その時だった。



「こちら」



 空気に溶け込むような、あまりにも自然に浮かび上がった声。


 一秒にも満たない沈黙が、その場を支配した。

 そう、一秒にも満たないはずだ。


 その瞬間が、切り取られたような奇妙な錯覚に陥った。



 ここにはいないはずのものが、突然どこからともなく現れたような――そんな恐怖に似た戦慄だった。


 僕以外の三人も全く気付かなかったらしい。彼らが誰かに遅れを取るところをあの時、僕は初めて見た。



 戦慄とそれに伴う硬直。それを振りきって、僕はその声の方を見た。



 テーブルのすぐ隣に立つ人物――フードを目深にかぶっていて顔は見えない。

 身長も体躯も男とも女ともとれず、この世のものならざる雰囲気を醸し出していた。


 三人はフードの人物に対して、嫌悪の眼差しを投げたが、エーレはその人物が差し出した用紙を黙って受け取った。



「リクサより提案。首都エルディナまでの密護衛」



 低くもなく、高くもない、感情が見えない声色。けれど透明感のある綺麗な声だった。

 それが更に、フードの人物の異様さを増幅させた。


 その余韻の中。エーレが舌打ちが飛び込む。



「介入してくるってことは、別途報酬が出るんだろうな?」


「完了後速やかに」



 フードの人物は決められた定型文を話すように端的に答えた。


 同時にローブに隠された腕が、緩やかな動きで持ち上げられていく。

 三人が身構えた気配に 僕も無意識に、体を強張らせた。


 しかし、フードの人物は、僕のほうへ指を示しただけだった。



 細く伸びる指先の奥で、フードに隠されていた瞳を見つけた。

 その異様さからは想像できない――とても澄んだエメラルドの瞳だった。


 僕がその瞳に惹きつけられ、吸い込まれる感覚を覚えた時。



「賜名。ルシウス」



 ――シメイ? ルシウス?


 告げられたやはり短い言葉を追った時には、その瞳がすでに隠されていてしまっていた。


 突然の正体不明の人物の乱入、わけのわからない言葉のやりとりに、置き去りにしていた動揺が湧き上がってくる感覚があった。

 それが居ても立ってもいられないような不安感に変わりかけた頃、エーレがフードの人物を睨む。



「依頼は受ける。さっさと失せろ」



 彼が了解の意を告げた途端、その場の空気感が変わった。


 気が付いた時には、フードの人物は最初からそこにいなかったかのように、跡形もなく姿を消した後だった。

 同時に、周りにまとわりついていた空気の重さが一気に軽くなったようで、肩の力が抜けるのを感じた。



 あの三人がここまで警戒する人物。今のは誰なんだろう。

 彼、もしくは彼女が口にした、リクサとは一体……



「なんなの? 今回介入早くない? 一体全体何がどうなってんの?」


「知るか、こっちが聞きてぇよ」



 捲し立てるように愚痴をこぼしたシュトルツに、エーレは吐き出す。



「今に始まったことじゃない。‘彼女’の意図はさておき、私たちに提案をするということは、こちらにも利があるということなんだろう」



 リーベはそう言って、エーレから用紙を受け取った。

 いつも通り、冷静で淡々とした口調のリーベに、少しだけ心が落ち着きを取り戻していくのを知った時、エーレがこちらを見るともに嘆息をこぼす。



「おい、ついてこい」


「ついていきますけど、あとでいろいろ説明してください。

 僕には、何がなんだかさっぱりですよ」



 気を取り直した僕は強気に出てみた。

 さっきまでは話がややこしくなるから口は挟まなかったけど、そろそろ説明をしてほしい。




 エーレに連れられたのはレギオンの受付カウンターだった。



「カロンのクランメンバーを追加する。

 許可証の発行を頼む」



 手短に受付の女性へと言い渡すと、女性は一枚の用紙を差し出してきた。

 それを覗き見ると、どうやら身元確認のために書くものらしい。


 名前、出身地、年齢。他にもいろいろ記入欄があった。


 年齢以外正直に書ける気がしない。

 どうするべきなのかと悩んだのも一瞬だった。

 隣に並んだエーレが、それをこちらに渡すわけではなく勝手に記入し始めたからだ。



「ちょ、エーレが書くんですか?」


「たしか十六だったな。身元は俺が保証する。年齢と名前だけでいいな?」



 女性は用紙を受け取り、頷いた。



「カロンの実績からみて問題ないとは思います。

 ではルシウス様、年齢は十六歳で間違いありませんね?

 すぐに許可証を発行しますので、お待ちください」



 ルシウス――そういえば、さっきフードの人物がそう言っていた。



「カロンでのお前は、今日からルシウスだ。

 文句は受け付けん。どうせすぐに慣れる」



 たしかに偽名は必要だ。しかし一応、ルークと自分で名付けていた名前もあった。

 なのに突然、ルシウスと言われても……



「俺がつけたわけじゃないし、文句ならさっきのやつか、リクサに直接言え。

 ただの呼び名だ。なんでもいいだろ」


「だから、そのリクサって……」



 誰なんですか、と言おうとしたところで受付の女性が戻ってきた。

 手元にエーレたちが持っているものと同じ小さな銀板が置かれ、僕はそれを受け取った。



「登録は完了いたしました」


「あとこれを受ける」



 エーレは先ほどフードの女性から受け取った用紙を差し出した。

 受付の女性は受け取り、手元を確認すると困惑の表情を浮かべた。



「この依頼はすでにカロンへと依頼が受理されていますね」



 エーレが顔を顰めるのが見えた。どうやら舌打ちはすんでのところで我慢したらしい。



「わかった、そのままでいい」



 それだけ言うと、さっさと踵を返すエーレに、僕は三歩ほど距離を取って続いた。







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