古代言語『オルヴィス語』
甲板での出来事。
ユリウスが水魔法で同調してしまい、貨物室にいる奴隷たちの存在を知ってしまったこと。
――変わるのが怖いなら、このまま逃げられるところまで逃げてしまえばいい――
そんなエーレの言葉に逆上して、彼に突っかかっていったこと。
自分だけ全てを忘れて、逃げられるわけがない
そう結論に至り、着いていくと決めたこと。
そして、貨物室の奥――奴隷たちが詰め込まれるようにいた檻が並ぶ場所で、エーレが使った不可解な力。その流れる旋律のような言葉のこと。
リーベに促されるまま、ユリウスは一連のことを全て話した。
途中でナイフの手入れを終わらせたシュトルツも、最後までユリウスの言葉を黙って聞いていた。
会話の中で、精霊との同調を阻害するという、イグリシウムについて二人は説明してくれた。
‘’イグリシウム‘’
それは一部の地域で稀に採掘される、フロリアイトとテラサイトという鉱石が元となっているらしい。
それぞれからフロリウム、テラシウムという――相反する作用を持つ化学物質を取り出し、人為的にその二つを結合させることで、フロテリウムという物質が出来上がる。
そのフロテリウムは、内で対極のエネルギーが反発しあっているため、人の生命力が精霊と同調するのを阻害する作用を生み出す。
鉄はもともと、人の体内から生成される生命力に干渉する作用を持ち合わせていて、鉄にフロテリウムを混ぜ合わせることで、精霊との同調を著しく阻害する物質が出来上がる。
それが、’’イグリシウム’’の正体だった。
本来は生命力循環障害という、病気の治療を目的に作られたものであったが、「今では罪人や奴隷への使用が主な流通になっている」と、彼らは付け足した。
事の一部始終を話し終えたユリウスは、改めてこれからも同行させてほしいと申し出た。
彼らは「こちらこそよろしく」と、快く受け入れてくれた。
「なーるほど。だからエーレさん、さっさと引き籠ったのね」
合点がいったように頷くシュトルツに、ユリウスは小首を傾げる。
「エーレさん普段まともに寝ないから、たまに充電が切れたみたいに寝込むんだよね。
今回もおこちゃまが一緒に来るって決めたから、安心して寝に行ったんじゃない?」
「そうだったんですか」
確かに湾港都市でも、ほとんどエーレは宿にいなかった。
「それにしても、随分早い段階で古代言語を聞かせたのは意外だったけど」
「私もそれには同意だな」
シュトルツの呟きに、リーベが頷いた。
そんな何気ない、会話にユリウスは耳を疑った。
「古代言語? まさかオルヴィス語のことですか? 聖アメリアが最後の継承者だったっていう、あの……」
古代言語――通称、オルヴィス語。
聖国のレヒト教会の教祖であると言われている――聖アメリアが誕生するずっと前に、人類と精霊が契約を交わす際に、用いた言語と言われている。
人々は徐々に精霊との契約も忘れていき、その言葉を理解できるのは、二千年前に死去した聖アメリアが最後だった――と。
「あーまぁ、そうとも言われてるみたいだけど。エルフは今でもそれで会話してるし」
シュトルツは何でもない風に答えた。
「待ってください。エルフもオルヴィス語もおとぎ話なんじゃ……」
「実際、お子ちゃまの前でエーレさんが話してたっしょ? あれちゃんと古代言語だから」
ユリウスは、先ほどの情景を思い浮かべる。
たしかにそうだ。おとぎ話なんかじゃない。
「精霊は言語という概念を持たない。彼らはお互いに同調し、イメージでやりとりをする。
けれど、彼らも人間に歩み寄ろうとした時期があったんだ。それで誕生したのがオルヴィス語だ。
実際聞いたと思うが、オルヴィス語は音に言葉を組み合わせて、構成されている。
人類と精霊が意思疎通できる最初で最後――唯一の言語だ」
いつものように淡々と語るリーベの言葉に、先ほどのエーレの歌のような言葉が思い出された。
音――そう、音だった。
精霊からも、澄んだ音が聞こえてきた。
「私たちが普段、使う魔法……精霊と同調しても、そこにはどうしても、相いれない溝が存在する。
人間と精霊では、そもそもの’’造り’’が違うんだ。
古代言語は人間と精霊の共通するイメージで作られていて、その溝を埋めてくれる役割がある。
古代言語を習得すれば、精霊の本来の力を借りることが出来る」
続けられたリーベの言葉――ユリウスは光の精霊が音を通して送ってきたイメージを思い出した。
イメージだけでは理解しきれなかった、彼らの意思がオルヴィス語を学べばわかるようになるかもしれない。
「僕にオルヴィス語を教えてください」
「普通の外国語とは、根本的に違うよ?
音が主体だから、小さな抑揚やアクセント、リズム、それに強弱とか。
そういうのが、かなり大切になってくる。
そこにオルヴィス独特の言語も入ってくるわけで、この大陸にある、どの言語とも基礎が全く違う。
最後まで投げ出さないなら、教えはするけど」
古代言語の概要を説明したシュトルツ。
珍しく彼が教えてくれる気になったのかと思いきや、最後に「リーベが」と付け足された。
投げられたリーベは、呆れるようにして言った。
「私は教育係を買って出た覚えはないんだが。
教えるなら私たちが日常から使って、慣れさせるしかないだろう」
「でもさー、無暗に使うなってエーレさんも言ってるわけだし、使うと精霊が集まってくるじゃん?」
「まぁ、一度エーレに相談してからだな」
古代言語の習得に関しては、エーレの意見を仰ぐことになった。
「ま、そういうことだ。エーレさんがきっと教えてくれるよ。
とりあえず、これからよろしく頼むねぇ。おこちゃま」
やはり、シュトルツは教える気はないらしい。
そういって握手を求めてきた彼に、ユリウスは手を伸ばして応えながら一言付け足した。
「いい加減、おこちゃまってのやめてください、シュトルツさん。
今更、隠す必要もないみたいだし、僕のことはユリウスでもルークでも好きに呼んでください」
「俺のこともシュトルツでいいから」
お互いに改めて、呼び名を確認したところで、扉が荒々しく開けられる音が飛び込んだ。
「おい、シュトルツ。お前、俺の本勝手に持って行っただろ」
不機嫌そうな声色を背に受けたシュトルツ。
握手を交わしていた彼の顔が引きつるのを、ユリウスははっきり見た。
けれど、後ろへ振りむいた彼は、瞬時に飄々とした雰囲気に切り替わる。
さすがの変わり身の早さだ。
机の上に置いてあった本をすぐさま持ち上げた彼が、エーレへと差し出しながら言う。
「ごめんって。はい。
ちなみに俺的には、この本ピンとこなかったなぁ。なんで最後、主人公が……」
シュトルツが言い終わる前に、エーレは右手で彼の両顎を強く掴んで言葉を遮る。
「黙れ、それ以上言うな。殺されたいのか?」
それは鬼のような形相で、本当にシュトルツを殺してしまいそうな殺気を纏わせていた。
「すひはせん」
顎を掴まれながら謝るシュトルツに、エーレは本を取り上げるとさっさと踵を返した。
「あ、エーレさん」 その背をユリウスが呼び止める。
「言い忘れてたんですけど、改めてよろしくお願いします」
「俺のこともエーレでいい」
「はい!」
素っ気なく返した彼はそのまま出ていくかと思いきや、何かを思い出したように立ち止まり、
「お前の賜名の通達は、直にくるはずだ」
それだけ言い残して出て行ってしまった。
「え?」
――シメイ?
なんのことかわからず、ぽかんとしたユリウス。
「あー、まぁ近いうちにわかるよ」
シュトルツの声にそちらを見ると、彼は誤魔化すように頭を掻いた。
1章はここで終わりです!
2章からはユリウス1人称メインで、話が進みます!
2章の中盤から、話が大きく動いていくので、少しでも気になっていただけたのなら、ブクマお願いします!
気軽に感想なども頂けたら、嬉しいです!
とりあえずここまで読んでいただき、ありがとうございました!
まだまだ続くので、お付き合いいただけたら嬉しいです!




